あの人のラーメン物語

福岡ソフトバンクホークス監督 王貞治

第1回 福岡ソフトバンクホークス監督 王貞治

僕はラーメン屋の
セガレなんだよね。

「だからさ、僕はラーメン屋のセガレなんだよね」-王貞治が、折に触れて語るフレーズだ。例えば宴席で、持ち前のサービス精神を発揮して酌をして回る。日頃の彼の厳格さやストイシズムを知る者たちは意外に思い、一様に驚くのだ。そして「王さん、愛想いいんですねぇ」などと感嘆の声をあげようものなら「だって僕はラーメン屋のセガレなんだから。こんなこと当たり前なんだよ」と微笑む。率直なその口調に一同共鳴し、ますます敬愛の念を深くしてしまうのだ。

「かといってラーメンを毎日食べられるわけじゃないんだよ。親父とおふくろが朝から晩まで汗水たらして一所懸命つくった商売もんなんだから。神聖なんだからね。ハレの日とかよほど大事な日にありつける。その時には、ウチのは江戸前だったから、醤油味のクセのない薄味のを子供心に有難く頂く、と。そりゃもう嬉しくてね、飛び切りの美味しさだ」

少年の日を語る視線が温かい。

「普段はね、下町だったから近所両隣や町内の家にいつのまにか上がり込んで、そこんちの晩ごはんを御馳走になったりしてた。反対にウチによその子が来てたりね、ちゃぶ台囲んで。お互いに忙しいときは往き来して町内中が兄弟みたいだった」

まさしく映画の『ALWAYS 三丁目の夕日』さながらではないか。

「情が厚くて思いやりがあって、怒るときは自分の子も他人の子もへだてなくどんどん怒ったり、誉めてやったりね。僕も随分世話になったよ、近所のオジサンオバサンには。人間、自分一人で生きてるんじゃない。いろんな人たちのお陰で生かされているんだって、あの頃にいやおうなしに自然に学んでたのかもしれないね」

忘れられないラーメンの記憶がある。

「一番ラーメン好きだったのは、何といってもひばりちゃんかな。『差し入れ何がいい?』って尋ねると、いつも『ラーメン』だもんね。天下の美空ひばりだよ。もっとゴージャスなもの言ってもいいはずなのに。『ラーメン食べると落ち着くんだもん。ワンちゃんちのを食べたい』と言うんで仕方なくウチのラーメン出前したんだよ、僕が新宿コマ劇場の楽屋に。歌謡コンサートの幕間にそこで一緒に食べたラーメンの味、忘れられないよ」

時は流れ、味覚も変遷する。

「ラーメンのイケナイとこはね、食べ過ぎちゃうんだよね。どうしても。それに麺類はすべて食べるスピード感が大切でしょ。そこに美学が存在すると思うんだ。で、一昨年の手術後は変わらざるを得なくなった。食育に熱心な娘から説教されてね」

さんざん運動はしてきたつもりだったが、別世界を知らされた。

「とにかくよく噛むこと。運動で重要なのは心肺や血管に負担をかけずに血液を全身にくまなくゆっくりと回す。つまり血液の循環をよくすること。実は食べ物をよく噛むことが、運動と同じなんだって。食べる時に30回くらいずつ噛むことによって、静脈の末端まで血液がゆっくりと回っていく。まさに噛むイコール運動であり、胃液も出やすくなって消化もよくなる、と。いま僕はあらためて健康の有難味を噛みしめているところです」

記事:滝 悦子

Profile
1940年05月20日生まれの67歳。東京都墨田区出身。読売ジャイアンツとして積み上げた通算本塁打数868本は世界記録。ジャイアンツ監督、野球解説者を経て、95年からホークスの監督に。2006年開催の「第1回ワールド・ベースボール・クラシック世界大会」では監督として日本代表チームを世界一に導いた。