あの人のラーメン物語

噺家 柳家花緑

第5回 噺家 柳家花緑

大切なことは
みんな祖父から教わりました

「ラーメンですか。ラーメンてぇと真っ先に思い浮かぶのは祖父に連れて行って貰って一緒に食べたラーメン。目白の駅前にあった、華天園というお店です」

目白ですか。やっぱり目白ときましたね。

「落語界では名人を住んでいる町の名で呼ぶ慣わしがありまして八代目枝文楽は『黒門町』(上野)、六代目三遊亭圓生は『柏木』(新宿)といった具合です。祖父五代目柳家小さんは長らく目白に住んだため『目白の師匠』と呼ばれました。 贔屓にした店は幾つかありましたが『オイッどうだいラーメン食っていくかい?』というとこの店。無精に嬉しくってねっ。一も二もなく『ハイッ』って連いていったもんです。どこの駅前にもあるごく日常的な気どらない店でラーメンの他に必ずといっていいほど餃子とチャーハンも注文する。この三点セットが定番で、もちろんラーメンは醤油味のこれまたごくごく普通の地元東京の味。特徴がないから飽きもしない。まっすぐ家に帰らない日があって寄り道して『どうだい?』と声の掛かるのが待ちどうしくて、もう食べる前から旨い」

というとオトナになって食べるラーメンと比べてしまうでしょ?

「比べません!」

やけにキッパリと語気が強くなった。

「わたしは一番二番と決めるのが好きじゃないんです。いろんな種類の食べものを分けへだて無く何でも食べてみる。今日はインド料理、明日はパスタとか日替わりであれこれ賞味したい。精神の健啖家でありたいんです」

落語の稽古は九歳から始めたとか。

「祖父から噺家になれと言われたことはないんです。そんな不細工なことは言わないが、噺家になりたいと願い出たときは喜んでくれました。生き方も芸も、祖父から教わったことは数知れず、人の悪口を言わない、自慢しない、愚痴をこぼさない人でしたから。過剰な演技は不要で、自分自身をさらけ出せばいいという落語を実践した人でもありました」

古典落語の傑作『時蕎麦』で蕎麦を手繰る仕種は絶品でした。

「細くて美味い蕎麦と太くて不味い蕎麦を演じ分けるのが芸の凄さで一見、無造作に蕎麦を啜っているようでいて、味や太さの違いをきちんと感じさせる」。

あの伝説のエピソードは忘れられません。

「上野の鈴本演芸場で『時蕎麦』を演じた後、近くの行きつけの蕎麦屋に入った。お客さんも噺の後、食べたくなったんでしょう。店は寄席帰りでいっぱいだ。当然、客の目は祖父の手元口元を注視することになる。仕種の名人が、実際に食べるところを見てやろう、と。注目を浴びて、蕎麦の味もなにも分からなかった、と後に聞きました。ホント当人は堪ったもじゃありませんよね。大食漢でしたから鰻も好きでね。『重箱の隅をつつくような真似はしたくないですな』なんて言って、鰻丼に固執したんです。あの丸顔と丼はよく似合いますしね。かと思えば、自宅に剣道の道場を開く人でもありまして『芸を磨くより人間を磨け』と弟子に語りました。私のすべて指針です」

記事:滝 悦子

Profile
1971年8月2日東京生まれ。87年3月の中学卒業後、祖父柳家小さんに入門。前座名九太郎。89年9月 二ツ目昇進。小緑と改名。94年 戦後最年少の22歳で真打昇進。柳家花緑と改名。現在、2003年3月に落語界の活性化を目的として結成された「六人の会」(春風亭小朝、笑福亭鶴瓶、林家正蔵、春風亭昇太、立川志の輔) のメンバー。特技はピアノ演奏とダンス。