あの人のラーメン物語

トランペッター 日野皓正

第7回 トランペッター 日野皓正

孤独なしには
   創造はできない。

9歳の頃からトランペットを学び、13歳で米軍キャンプにてプロ活動を始める。26歳で「新しいジャズの流れ」と注目され「ヒノテルブーム」を巻き起してから早40余年。

マイルス(注1)亡き後のトップトランペッターとして活躍中の日野皓正にとってのラーメンとは?

「芸術だね」

いきなり?ゲイジュツ?ですかぁ。

「そっ。ラーメンは芸術だと思うんだ、ボク。芸術はバクハツだって言ったヒトがいたけどボクにとってはラーメンが芸術。どーゆー時にそう感じるかというと夜中の1時か2時。ちょぅどその時分にお腹がへったなぁってことあるじゃない。東京のあちこちにマルキンラーメンってあってボクの家の近くの白金台にもあるんだけど夜中に行ってもお客がいっぱいなの。若い、学生みたいな。白ごはんや焼餃子とセットにしたり、ニンニクのすったのをゴテッと入れたりして思い思いに「カッコンデル」って感じ?トンコツなんだけどギトギトじゃなくて、旨いかと聞かれたら決して旨くないんだけど(笑)、すり胡麻かけたり、海苔差し込んで麺にからめて、つゆをすすったり、アレコレ格闘してるとふと、「嗚呼これ芸術だなぁっ」って思わない?他にお店が空いてないという事情にもよるんだけど(笑)時たま夜中のラーメンすすってる、ある瞬間に心をよぎるのはゲイジュツだぁ、と。」

そーゆー時はヒトリ?

「よく独りぼっちで食事する。旅に出ててもふらりと街に出てまったく知らないカフェに入ったりするよ。こう見えても独りでいることが好きなんだ。孤独なしには創造できないことが確かにあるし、孤独だからこそいろんなことを考えられる。

ラーメンって独りで食べるのが似合うよね。もともと弟がラーメン通でね。ボクのジャズの一番の理解者、もう一人の自分っていうくらい愛してた。 ――10年前に亡くなっちゃったけど元気な時はよく連れて行かれたよ。

明治通りの高田馬場あたりの、何ていったかなぁ、タクシーがズラッと並んでた店。ボクは通じゃないからさ、よく分んないの。でも、弟の元彦は批評がね熱心でさ。食べ歩くわけ。

ボクは戦中派だからモノが無い時代だし、基本的にはゼイタク言わないんだけど、一時期はやっぱり世の常で今日は河豚だ、明日はイタリアンだなんだかんだって追いかけたこともあった。でもだんだん質素になってきたよね。玄米食とか有機野菜食とかひととおり色々とやってみたよ。ミュージシャンって食べることに一家言ある人多いの。旅も多いから情報量もあるし影響もされやすい。

ジョン・レノンがベジタリアンだというんでマネしてみたら、これが不便でね。レストランにいっても食べるもんがないの。スープならいいだろうって頼んでも肉のブイヨン入ってたら駄目だとかね。厳しい掟だけど根が素直だから守ってたら、或る日ステージでラッパ吹こうとしたらフラフラっときて目まいがしてさ。こりゃイカンって急にその日からニクタリアンになっちゃった(笑)。

ともかくさ、好きなものを躰の欲するままに自由に風が流れるように食べるのが何よりだよね。ラーメンだってさ、インスタントラーメンが旨いって感じたり。日清食品の。アレすごい発明だよね。海外でも重宝する。庶民感覚の切っても切れない味だよね。」

トランペッターは肉体労働者だと聞きました。

「そのとおり。だから日々筋力を鍛えねばならんのです。こないだ博多で一風堂の河原サンと会って気脈が通じたね。感謝とか主人公とか最後の砦とかお互い共感した。ラーメンと音楽は似たところあるよ、いろんな人の魂が自由になるという点でね。」

「河原サンの作る赤丸かさね味は最高だった。ボクらのいう「ゾーンに入った」状態。一番いい演奏ができる瞬間のことだけど」

ゾーンに入る・・・・ですか。

「自分が無になれる、というか。状況のあるがまま、ほかのメンバーと、オーディエンスと、その空間が渾然一体となる瞬間があるんだよね。作詞家の松本隆サンがね「日野サンのいうゾーンに入ったっていうのはきっと」って、分析してくれたことがあって、彼によると、

『人間は現実という引力の重さで、地上に縛られながら生きている。その引力に逆らって、美の高みを追ううちに、不意に心の成層圏(注2)の向こう側に突き抜けてしまう人がいる。それが ”ゾーンに入った ”あるいはマラソンランナーが極度の疲労に耐えながら走っていると、突然、自分の体重がなくなったかのように心が透明になる瞬間』

だって。ま、それくらい我を忘れるほどの味のオリジナリティを感じたよ。」

(注1)
マイルス
マイルス・デイヴィス(1926年5月26日生まれ、1991年9月28日没)は、ジャズのトランペット奏者。アルバム『カインド・オブ・ブルー』『ビッチェズ・ブリュー』などで知られる、モダン・ジャズの“帝王”。クール・ジャズ、ハード・バップ、モード・ジャズ、エレクトリック・ジャズ、フュージョンなど、時代に応じて様々な音楽性を見せ、ジャズ界を牽引した。

(注2)
成層圏(せいそうけん)
大気圏の中の対流圏より上,中間圏より下の領域。対流圏の上端は圏界面といわれ,高さは赤道で約18km,極で約8kmである。成層圏の上端は成層圏界面(成層止面,ストラトポーズ)といわれ,その上の中間圏につながっている。一般に成層圏の中では気温は高さとともに少しずつ高くなっている。また水蒸気が少なく,オゾンが多いのが特徴。近年,成層圏でも大気の上下の混合があることが明らかになっている。

記事:滝 悦子

Profile
日野 皓正(ひの てるまさ、1942年10月25日生まれ)は、日本を代表する世界的なジャズ・トランペット(コルネット)奏者。父は、タップダンサーでトランペット奏者の日野敏。弟は、ジャズ・ドラマーの日野元彦。ベーシストの日野賢二は次男。 日野皓正クインテットでは、メンバーに新人を加え育てていくことでも有名。1950年代前半に、トランペット奏者であった坂上弘からトランペットの手ほどきを受けた。1967年、アルバム『アローン・アローン・アンド・アローン』でデビュー。また、ピアニストの菊地雅章と共に日野=菊地クインテットでも活動。1960年代後半から1970年代前半にかけて日本ジャズの最先端を走り、『日野皓正コンサート』『ハイノロジー』『ライブ』『タローズ・ムード』等数々の名盤を発表した。