あの人のラーメン物語

歌手 五木ひろし

第8回 歌手 五木ひろし

全国を巡って味わい尽くしてきた。
ラーメン屋とゴルフ場なら僕に聞いてよ。

虚空をつかむような握り拳。

独持の「五木スタイル」は何かと闘っているような、ファイティングポーズにも映る。

「ずっと流行歌歌手でありたいと思ってやってきました。その時代、時代を映すような流行り歌をつねに歌っていきたい。演歌はそのジャンルの一つにすぎません。」

自己テーマは「継承と挑戦」という現代の歌謡界のキングにとってのラーメンとは、「チャルメラの音」が第一声であった。

「小学校の頃、もう半世紀前だけど、夜になると聴こえるんだよね♪チャララーララ・ララララララーン♪って。そしたら、アッ夜鳴そばだって思って、もう落ち着かないわけソワソワしてしまって。

で、時々は母に頼んで一緒に行ってもらう。小さな屋台を引いて来るんだよね。

冬の寒空に震えながら小走りで駆けていくんだけど、僕の故郷は福井県の美浜町といって敦賀の先、遠く日本海からの風が吹きつけて寒い冷たい。その冷気の中で丼かかえ込んでフーフー味わう一杯。

今でもよく覚えてるけど、質素なんですよね具が。うす~~~~~い向こう側が透けて見えるようなかまぼこが2~3枚とあとは焼海苔が1枚だけ。20円か40円か50円か確かそのぐらいだったと思うよ。

今みたいにチャーシューだ、シナチクだと色んなものは載ってなかったし、とにかくシンプル。何の飾りもないけれど子供にしてみればもう至福のヒトトキ。

至福なんて今になって形容してるだけで当時は、あーっ、アッタカイナァっていう感覚で、連れてきてくれたオフクロの顔も湯気の向こうで笑ってるんだよねぇ。

ラーメンというものを初めて認識した、それが最初の記憶です。

そのせいか僕はラーメンというのは屋台で食べるもんだとずーっと思ってた。

実は今でも、外で立って食べるのがウマイと思っていて、大阪の新歌舞伎座の前にある立ち食いのような店が気に入ってるんだよね。

立って食べるからオイシイっていうのは何故だろう、きっと人は意識のどこかに意識のどこかに野生を宿しているのかもしれない。」

デビューしてから45周年。

最近「人間にとって大切なものは何か」とよく考える、という。そして行き当たったのが信頼と責任。この二つの言葉に惹かれた。

もちろん一人じゃ何もできない。常にスタッフや家族が担いでくれる神輿の上に乗っかっている人間だから。かつては担ぎ手が多すぎてよく分らなかったり、担ぎ手がいることすら考えずに全部自分でやっている気になっていた。傲慢な時代もあった。

それが年を重ね、家庭を持ったこともあって周囲のことがだんだん見えてきた。

今は担いでくれる人、ファンの方たちの顔もよくみえる。担ぎ上げてもらえた責任も強く感じるようになった、と。

「僕の流行歌の原点にあるのは古賀メロディーです。歌手によっては歌手がビートルズもありだろうし。サザンの桑田くんはレイ・チャールズだと言っているけど、流れている基本は同じですよね。心を打つ歌が歌いたいということです。

食べ物の原点は、やはり幼い頃に親しんだ海の幸。若狭湾の魚は格別で、僕は毎日魚を食べないと物足りなくて生で、焼いて、煮てと飽くことがない。ニッポン人そのものだね。

先日パリで無性にラーメン食べたくなって丼が持てないくらい熱いのに郷愁を感じたし、やっぱりここはプラス餃子がほしいよなって。

住んでいる近くとか行動エリアに応じてここに行くならあの店とかって、土地土地に贔屓があるよね。全国的に味わい尽くしてきたからね。ラーメン屋とゴルフ場のことなら僕に聞いてよ。」