あの人のラーメン物語

陶芸家 十四代 酒井田柿右衛門

第10回 陶芸家 十四代 酒井田柿右衛門

もの作りはいつも何かを探している。

EXILEのタカヒロ君はデッサンを長く続けているから白磁に絵付けしても上手だった。

時をさかのぼること四百年。
江戸時代の肥前、有田に柿右衛門窯が開かれ、初代酒井田柿右衛門が磁器への赤絵付けに成功した。
以来、余白を充分に残した、明るく繊細で絵画的な構図を特徴とする色絵磁器が作られ続け、典型的な「柿右衛門様式」が確立。
当時から国内はもとより海外でも高く評価され、オランダ東インド会社(VOC)の手によってヨーロッパなどに大量に輸出された。
華麗な色絵磁器はヨーロッパの王侯貴族を魅了し、宮殿や邸宅を飾るために財を傾け競って、我がものとした。その熱気から欧州各地での柿右衛門様式の写しが生まれたのだ。

十四代は重要無形文化財保持者(人間国宝)である。
その歴史と伝統に包まれた十四代にとっての「ラーメン」とは。

「初めて食べたのは東京ですね。有田にはなかった(笑)。東京に出たのは終戦後、昭和二十八年ですが、その時初めてラーメンのようなものを食べた。というのは、ラーメンと言っていたか、支那そばと呼んでいたか、東京だから確か支那そばだったと思うけれど、ともかく驚りしましたね。おいしくて(笑)。
今でもラーメンが食べたい、と思うときはそれはどうしても東京の、しかもあの頃のラーメンをイメージしてしまう。
人間の味の記憶は鮮やかなもんです。
当時は十五円で、二十円の時代がしばらく続いて二五円になり、といった具合で安かったからしょっちゅう食べに行きました。
新宿の恋文横町、レイキョウという屋台同然の店で、トニー谷が仲間と集っていたりして賑やかな店でした。
腸詰やシナチクもあって九州ではお目にかかったことがないから気に入って。今では懐かしい味ですね。こないだ言ってみたら、店のおばあちゃんがまだ居ましたよ。
東京で覚えたのはあとは、浅草界隈のどぜう。そして寿司、そば、天ぷら。
十二代だった祖父は天ぷらが好きで東京中の天ぷら屋に連れていかれたから、天ぷらのことが良く分かるようになった。
何回も何回も稽古するとおのずと分かります。」

山や川を走り回って味覚が鍛えられた。

「有田にいるときは忙しかったですよ。
朝から鳥を捕えるためのワナを仕掛けるのに朝の四時五時に起きていました小学生のときから(笑)。スズメとかヒヨドリがいるから十カ所くらい仕掛けておく。
山をひと回りしてワナに掛かった鳥を外してまた仕掛けておくが毎朝の日課。だから学校に行く前は忙しい(笑)。
餌はミカンやリンゴの皮、柿、クチナシ。赤いものに鳥は来るんですね。
ウナギ捕りもやりました。ドジョウやタニシを餌にして、その頃は小さな川にもいっぱい魚がいたんです。ツガニも捕れた。
どのへんに何をどう仕掛けたらいいか、川底の石の場所まで覚えていますね。
川を一緒に回る仲間、山を回る仲間、みんないるわけです。
捕ったのは工場に持って行って職人さんに炭で焼いてもらって食べる。
私の味覚はそうやって鍛えられました。

もの作りはいつも何かを探している。

「美術学校に行って何をやってたのかと考えてみると、実は四、五年くらいで何かを出来るわけではないんですね。学校で習ったのは、デッサンより他にはない、と。
いまの美術学校では、デッサンなんかよりもっと個性を出せ、というらしいけど、私はとんでもない話だと思っています。
もの作りなんていうのは、四六時中なにかに困ってなにかを探しているんですよ。
なにかいい色はないか、とかね。
焼きものに草花を描くからといって野山に咲いている草花だけが素材や対象になると考えるのは間違いで。洋服の色、着物の柄、骨董品などありとあらゆるものが何でもヒントになるんです。そのヒントが欲しいから一日中そこいらをうろうろしている(笑)。
新しい料理のレシピを考えてる時なんかもうろうろするはずですよ。
もの作りをやっている人間の宿命です。

そういえば先日、音楽活動の延長線上だからといってね。うちの窯で絵付けをさせてくれとEXILEのタカヒロ君が一日入門したんです。彼は幼い頃から長い間デッサンを続けている。よく描けているんですよ。驚きました。絵付けも上手で立派でした。
デッサンという基礎を学んでいる者は、芯が強い。音を作る、器を作る、共通している、ということですね。
ひいては、食を演出するのもアートです。
器と食の関わりは今更言うまでもなく歴史的にみても「一体」ですから、ラーメンを柿右衛門で食べるという発想では愉快だし、実際私は自分で作った茶碗で食べていますよ。

記事:滝 悦子

Profile
多摩美術大学卒業後、十二代、十三代柿右衛門に従事し1982年に十四代柿右衛門を襲名。2001年重要無形文化財保持者 (人間国宝) に認定される他、旭日中綬章の受章をはじめ、多数の受章がある。国内における十四代柿右衛門展をはじめとし、欧米、アジア各国での個展開催、各展覧会への参加など、精力的に活動を行っている。