あの人のラーメン物語

漫才師 島田洋七さん

第11回 漫才師 島田洋七さん

「貧乏には暗い貧乏と、明るい貧乏があって、うちは明るい貧乏だから心配するな」といわれて育った。

小学2年生から中学卒業までの8年間、佐賀の祖母のもとで過ごした日々を綴った物語「佐賀のがばいばあちゃん」が大ヒット。
今も全国を巡る講演が、涙と笑いで好評の島田洋七さんに、ラーメンとは?尋ねてみた。

しょっちゅう食いますよ。
週に2〜3回はラーメン屋に行きますね。
難しいんだよね、ラーメン屋の選び方。暖簾はある程度キタナイほうが客も入りがいい、とかね。判定の基準は無限ですよ。
マズイとこに限って親父が、
「どーですか?」と訊くんだよね。
どーって言われたってマズイもんはマズイんだから、笑ってる場合ですよって笑ってるしかないよね。
いろんな地方に行くからそれぞれの土地で食べ比べてみるんだけど、大体トンコツ3対醤油7の割合で分布してる。九州はレベルが高いですよ。企業努力している店が多い。
競争が店を育てる、はまさに真実だよね。

臨場感が好きなんですよ。
だから調理場が裏の見えない所にあって、どぉーもぉお待ちぃとか言いながら運んでこられるのが嫌い。苦手。
もう何だろうがかんだろうがすべて全部を見せて欲しい。鳥ガラも豚コツも骨の髄まで全体が見たい性分だから。
調理している現場が丸丸見物できるというのが最高の御馳走です。

ラーメン屋につきものの行列!行列と味の確かさは、正比例しませんね。

醤油ラーメンで有名な店が荻窪にあるんだけど、とにかくいつ行っても行列が出来てるんだ。ここの親父は徹底してモノを言わん。
「あーっ」とか「はーっ」しか聞いたことないから、これ演出かな?とも思うんだけど。
ひとつのパターン(型)として時々見受けれらる店のあり方ですね。良くも悪しくも客が途切れないってことは驚嘆に価する。

好きがこうじて所以でラーメン屋を始めたこともあるんです。20年程前に。

豚コツラーメンで一日200人くらいはお客が入ったけど、10年前に弟子にあげた。
セコイのはキライだからきっぱり、やるよと。譲渡するうんぬんの話もあったけど、俺も思い切りよくやったほうが気分いいし。
ところが貰った方も気が済まないから、月2万円ずつだけど、送金します、と。
10年経ったら貯まってますよ、そのまんま手をつけずに銀行に置いてあるから。
他人は、良かストーリーやね、とか言うけど俺たち二人にとっては何てことない自然の成り行き。

うちのばあちゃんの口ぐぜは、
「貧乏には暗い貧乏と、明るい貧乏があって、うちは明るい貧乏だから、心配するな」と。
底抜けに明るいばあちゃんとの暮らしは俺の一番の宝物です。
「人生は川ばい」
も俺の好きなコトバ。
「くねくねと曲がっていたり、広くなったり狭くなったりする。流れが速くなったり、ゆるやかになったりもする。水が濁っていることもあれば、きれいに澄んでいることもある。人間も時には濁ったりもする。それがええ」
俺が「ばあちゃん、俺、濁りっぱなしだけど、ええの?」と聞くと、
「それでもええ。人間、死ぬ時に、50対49でひとつでも多ければええんじゃ。人間そうなるようにできとるばい。欲が深いと、幸せになろうとばっかりする。そんなことせんでも、普通にしとっても、十分に幸せじゃ」
ホント、そのとおりだと思っとります。

佐賀のばあちゃん家でたまぁに、鶏をツブして身を食べ尽くした残りのガラをぐつぐつ煮て、その頃はルーと無かったから、小麦粉でトロミをつけて食べたチキンカレー。
うまかったなぁ・・・。

記事:滝 悦子