ラーメン職人の熱いストーリー ラーメン 東へ西へ

ラーメン東へ西へ No.23 ちばき屋

和食の道を志し、20年近く勤めた1人の料理人ラーメン屋になったのは10年前のこと。どこのラーメンを食べても「うまい」と感じない。和食の経験で培った自分の味覚に絶対の自信があったから「自分で納得できるラーメンをつくってみたい。それはお客さまにも受け入れられるはずだ」と店を始めた。「地位も名誉も棄てるのか?」当時、周囲に彼を理解する者はいなかった。

「娘が3人おりまして、不思議と子供が生れる頃に勤め先や仕事を変えることが重なるんですよ」

千葉さん。大卒、22歳で和食の道を志したとき、修行先には年下の先輩が8人もいた。関東で5本指に入るといわれた師匠の元で、「30歳までに自分は1人前になろう」と人の何倍も努力した。

そして、30歳で副料理長、34歳で料理長と、傍目にはトントン拍子に昇格。しかし、店の方針に疑問を感じるようになり、二女が生れる頃、職場を変えた。

そして、ラーメン屋を始めたのは三女が生れた頃。その度に「給料が5万円くらい下がるけど、いいかな?」、「オレ、ラーメン屋やってもいいかな?」と相談すると、妻はいつも穏やかに「いいよ」と賛成してくれた。家族が居たからこそ、千葉憲二の本気の仕事が実を結んできた。

人々を魅了するラーメン屋がうらやましい

ラーメンってすごいなと思ったんです。お客さまを並ばせてまで食べてもらえる。うまい、まずいの評価も目の当たり。味で勝負の世界。和食では考えられないことがたくさんあった」

和食は味も然ることながら店構え、雰囲気、サービス、すべてが長けていなければ”いい店“としての評価を得られない。しかし、ラーメン屋は古い店、汚い店でも30人、40人とお客さまが並ぶ。一流の料亭で味の頂点に君臨した男は「そこまでして食べたいと思われるラーメン屋がうらやましい」という衝動にかられた。

それから、ラーメンの食べ歩きを始める。が、どうしたものか、自分の盛り上がりと裏腹に、巷で口にするラーメンを一向にうまいと感じない。

「和食とラーメンでは味覚が違うのか? いや、そんなはずはない。このくらいでお客さまが付くのなら、味のレベルをもっと上げたら絶対に繁盛店になる。舌の感性は人より敏感なはず。自分の味覚を信じて出していけば、理解してくれるお客さまが必ず付くはず」

それが『ちばき屋』の支那そばの原点になっている。

和食もラーメンもお客さまの評価がすべて

東京のとんこつラーメン、脂ギトギトのスープ、緊張感のない太麺……感覚に合わない要素をすべて排除した結果、細いちぢれ麺、鶏ガラベースに醤油味の効いた支那そばが完成。黄金色の澄んだスープは、むかし懐かしいイメージの味に、今の世代が好む厚みと深みを加えて仕上げたもの。トッピング1つにも和食の経験が活かされている。自分で「これならいける」と納得できる味。

「誰が食べてもうまいと認める味、五感をくすぐるようなレベルの高い商品をつくっていきたい」

と話す店主。味を突き詰めて、業界を知るほどにラーメンには絶好の好敵手が何人もいる。負けられない。負けたくない。「やっぱ千葉は違うよ」と評価されるラーメン屋に、存在感のある人間になっていきたい。

お客さまの評価がつくり手としての一番の喜び。それは、和食もラーメンも同じ。あの経験があったからこそ、今の『ちばき屋』のラーメンが存在する。

1人に1枚ずつフキンを持ちピカピカに磨き上げられた店内と調理場、作務衣に足袋にセッタ履き、それが千葉スタイルのラーメン屋。

「早まるな、ラーメン屋だぞ」と止めても、「夢を持ちたいんです。自分にもやらせてください」と和食から転向してくる後輩たち。そんなラーメン屋があっても、いいのでは……。



ちばき屋
住所:東京都江戸川区東葛西6-15-2
TEL:03-3675-3300
営業時間:月~金 11:30~14:45、17:00~23:45
土 11:30~23:45 (日・祝は22:45まで)
定休日:年中無休

千葉 憲二さん

有限会社 ちばき屋
代表取締役
千葉 憲二さん
CHIBA KENJI

昭和26年9月8日、宮城県生まれ。4人姉弟の末っ子。実家は水産関係の仲買卸を営んでいた。中・高校時代は典型的な野球少年だった。ドラムを叩いていた経験があり、歌のうまさには定評がある。ラーメン屋を始めたのは40歳から。10年を経て5月10日、仙台に待望の支店がオープンした。