ラーメン職人の熱いストーリー ラーメン 東へ西へ

ラーメン東へ西へ No.67 ラーメン処 西谷家 富田一憲さん

幹線道路から離れた悪立地でありながら、2006年の開業直後から頭角を現したのが『ラーメン処 西谷家』だ。メディアが連日取材に押し寄せ、福岡在住の麺フリークたちがこぞってブログに情報をアップ。みるみるうちに客足は伸び、開業2年目を待たずして、福岡の人気店に急成長した。ところが、2号店の開業で思わぬ苦戦を強いられることになる。「好きな人にだけとことん好かれればいい」という富田さんの信念に変化が起こった。

ポリシーとエゴイズムは違う

羽釜から絶え間なくのぼり立つ白い湯気。最大火力で15時間炊き続けるスープは、わずか10分でも目を離すと台無しになる。

「他店でラーメンを作っていた人間がうちに修行に来て、『大将、こんなに時間をかけなくても、もう十分良いダシがとれてますよ』なんて言うわけです。僕が求めているスープはそんなヤワなもんじゃない。もっとシビアで繊細なものなんです」

【ラーメン(550円)。パンチのある茶褐色のスープはのぼり立つ香りも秀逸】
【ラーメン(550円)。パンチのある茶褐色のスープはのぼり立つ香りも秀逸】

豚骨のうま味が極限まで凝縮された濃厚なスープはとろみがあり、飲み干すと丼の底に随が残る。好みがはっきり分かれる個性的な味だが「この味が好きな人だけに来てもらえればいい」と腹をくくった。結果、開業後すぐにこってり派の心を掴み、経営は軌道に乗った。

ところが、08年5月にオープンした福岡県・前原市の2号店では思うような結果がすぐに出なかった。店がある202号線沿いは県内きってのラーメン激戦区。創業20年以上の老舗が並ぶ。どの店もオーソドックスなとんこつラーメンを提供する中、西谷家は異端だった。5カ月間こってり味一本で勝負したが、お客のニーズに対応して、あっさり味を作ることにした。ただし、西谷家の代名詞は濃厚トンコツだ。"らしさ"はしっかり残さなければならない。試作を繰り返して入念に味のバランスを整えた。

「結局、店はお客様のもの。"ポリシー"と"エゴ"は違うことをお客様に教えてもらった」

完成したのが「ラーメン白」だ。すぐにお客の半分が注文する人気メニューとなった。

【ラーメン白(500円)。スープの炊き時間を工夫し、後味のよさを際立たせる】
【ラーメン白(500円)。スープの炊き時間を工夫し、後味のよさを際立たせる】

周囲の反対をものともせずラーメンの道へ

1994年、「新横浜ラーメン博物館」の誕生を契機に、日本列島に空前のラーメンブームが巻き起こった。テレビをつけても、雑誌を広げても、ラーメンの文字ばかりが躍る。自分の店を構えるために福岡市・大名の人気居酒屋で働いていた富田さんもブームの到来を肌で感じた。

「テレビに映った長蛇の列を見て驚きましたよ。ラーメンには人を熱狂させるパワーと影響力があることを知りました」

自分ならどんなラーメンを作るだろう。そう思うとじっとしていられなかった。自宅の裏庭にブロックを積み上げてガスコンロを設置し、即席の厨房をこしらえた。肉屋で骨を買ってきて、本も見ず、インターネットも使わず、予備知識を一切持たずに勘だけを頼りに一杯のラーメンを完成させた。

「できあがった一杯が予想以上に美味かったんです。何より作る行程が楽しかった。毎日のように"まかない"で作って、従業員に試食させました」

ラーメンで勝負してみたい。気がつけば本気になっていた。勤めていた居酒屋では十分な給料をもらっていた。子供もまだ幼い。相談した全員が「馬鹿なことはやめろ」と反対した。だが、ひとたび沸き立った情熱が冷めることはなかった。居酒屋開業を志してちょうど5年、富田さんはラーメンの道へ踏み出した。

自分の中で熟成させるための2年

修行を積んだのはパワフルなトンコツスープで知られる『魁龍』だ。

「どうやって作るのか見当もつきませんでした。好き嫌いを飛び越えてどこにもない味でしたね」

ラーメン作りを基礎から覚える一方で、会長・森山日出一氏から「気遣いができないヤツはダメだ。言葉一つでもしっかり意識しろ」「目下の人間に対する接し方は常に考えろ。目上への礼儀は忘れるな」と、人としてあるべき姿勢について学んだ。

【創業時に森山氏から送られた開店祝いが今も本店に飾られている】
【創業時に森山氏から送られた開店祝いが今も本店に飾られている】

「実際に店を持ってから、言葉の一つひとつの重みを感じています。ラーメンを作るためのスキルよりも『一人の人間としてどうあるべきか』というハートの部分を鍛えてもらった」

3年が過ぎる頃、全店の売り上げを管理する営業本部長に昇進した。仕事場は厨房からパソコンの前へと変わった。

「責任のあるポジションを任せてもらって嬉しかったんですが、やっぱり現場が好きで。新店のヘルプなどで厨房に入るたびに、自分の居場所に戻ってきたという気がしていました」

カウンター越しに見る笑顔が何よりも嬉しかった富田さんにとって、もどかしい日々が続いた。自分で作ったラーメンで多くの人を喜ばせたい。5年という節目を迎え、独立の意志を固める。

【店内には富田さんが愛してやまない坂本龍馬の絵もディスプレイ】
【店内には富田さんが愛してやまない坂本龍馬の絵もディスプレイ】

「僕の人生は5年サイクルで変化が訪れるようです。3年では習ったものを吸収するだけで終わってしまう。がむしゃらに働く3年間の後に、自分の中にしっかり落とし込む"2年"が必要なのかもしれない。僕自身、まだまだ勉強中。たくさんの出会いを通して、これからもハートの部分を学んでいきたいですね」

06年の開業から3年が経った。遮二無二になって突っ走ってきた富田さんに、冷静に自分自身と店を振り返るための2年間が訪れた。2011年、3年という月日はどのような熟成を見せるのだろうか。

(取材・撮影・執筆・編集/力の源通信編集部)


ラーメン処 西谷家 野方本店
住所:福岡県福岡市西区野方6-36-34
TEL:092-812-0121
定休日:なし
営業時間:11:00~23:00、日祝は~21:00
ラーメン処 西谷家 前原店
住所:福岡県前原市波多江駅北4-5-11
TEL:092-322-3236
定休日:なし
営業時間:11:00~23:00、日祝は~21:00
※野方本店、前原店ともに、スープが売り切れ次第閉店
公式HP http://www.saitani.jp

ラーメン処 西谷家

ラーメン処 西谷家

ラーメン処 西谷家・富田一憲


ラーメン処 西谷家
富田 一憲
(とみた・かずのり)

昭和45年5月、福岡県前原市で生まれる。趣味はスポーツ&格闘技観戦。『西谷家』という屋号は、尊敬してやまない坂本龍馬の実家「才谷家」に由来する。休日はもっぱら食べ歩き。ラーメンに留まらず、さまざまなジャンルの料理を研究する。ゆくゆくは「回転寿司」のような画期的なスタイルも考案したいと意欲を見せる。