ラーメン職人の熱いストーリー ラーメン 東へ西へ

ラーメン東へ西へ No.71 中華そば 行徳家 行徳 貴さん

モチ、レモン、牛モツ、梅、昆布、納豆など様々な食材を使い、独創的なラーメンを作り上げる行徳貴さん。2007年2月、福岡市・野間に店を構えてわずか3年足らずで、福岡屈指の“創作ラーメンメーカー”としてその名が知れ渡った。食材選びから盛りつけ方に至るまで、自身に課すボーダーラインは高く、その歩みは止まることがない。自分にしか表現できない一杯を納得がいくまで追求したい———心は常に新たな味に飢えている。

「ラク」よりも「楽しい」を選ぶ

ドアが開き、カップルがカウンターに座った。メニュー表には塩と醤油を柱に塩レモンラーメン、梅昆布ラーメン、厚焼き煎餅入り醤油ラーメンなどユニークな名前が並ぶ。「ラーメンとモチって合うのかな」「私はレモン入り!」と談笑を交えながら、2人は13種前後のラーメンから好みの一杯を選んだ。オーダーが厨房に通されると、行徳さんは一瞬、笑みを浮かべたが、すぐに真剣な面持ちでラーメンを作り出す。

「一つの味に特化するとラクですが、僕自身が楽しくない。ワクワクしながら迷うお客様の姿こそ、行徳家らしい光景です」

中華そば 行徳家

料理の面白さに目覚めた20歳

福岡の街で生まれ育った行徳さんは大学進学を機に大阪で暮らし始めた。授業への感心は徐々に薄れ、次第に学校から足が遠のいた。元々接客業に興味を持っていた行徳さんは近所の居酒屋で働き出す。調理経験は全くなかったが、めきめき頭角を表し、20歳になった頃には店長に抜擢された。

「自分が作った料理にお金を払って、しかも喜んでくれるお客様がいる。嬉しかったというよりも不思議な感覚でした。毎日楽しくてしょうがなかった」

大学を中退し、23歳まで居酒屋で働く。その頃、自分の店を持つという明確な目標ができた。ただし、頭に浮かんだのは居酒屋ではなくラーメン店だった。幼い頃、父親に連れられてよく食べたラーメンには人一倍の思い入れがあった。行徳さんは生まれ育った福岡の街に戻る。

師は多いほうがいい

福岡市・野間に店を開くまで、行徳さんはさまざまな飲食店を渡り歩いた。大阪から戻ってすぐ、豚骨ラーメンを学ぶために福岡市・長浜の店で1年半修業をする。次に働いたのは「博多 一風堂」の塩原店だった。連日連夜、店はお客でごったがえしていた。経験者だったのですぐに厨房を任されたが、想像以上の忙しさに自信はあっけなく崩れていった。

「ラーメン店のイメージが見事に覆されました。ラーメンには人を夢中にさせる力がある。そう実感したのを鮮明に覚えています」

早く自分の味で勝負してみたいと思う一方で、豚骨ラーメンのことしか知らない自分に不安を覚えた。昔から通っていたイタリア料理店で働いた後、「キリストン・カフェ」や「ボビーズカフェ」など大規模なエンターテインメントレストランを運営していた「ユージー・グローイングアップ」に就職。最初に配属された洋食部門では、元ホテルの料理長たちから一流のスキルを学んだ。その後は和食部門へ。料亭や割烹料理店で腕を鳴らした匠たちのもとで一心不乱に働く。5年が経った頃には、料理長として後進を育てるまでに成長した。料理の基本となるダシの取り方、料理人たちの得意技など幅広い知識と経験を得る。

中華そば 行徳家

創作に終わりはない

現在は月に1度のペースで新メニューを考案。評判がよければレギュラー化する。創作にあたって心に留めているのは、むやみやたらと手を広げないことだ。

「自己満足な一杯ではお客様を感動させることはできません。自分自身のフィールドから一歩踏み外すようなギリギリの感覚で作っています」

中華そば 行徳家

“戻れる場所”があるからこそチャレンジできる。5年間で学んだ和洋の技術が、精神的な支えになった。もちろん種類の多さだけではない。酸辣湯麺には酸味だけが突出しないように卵を加えてバランスをとる。鶏ガラでとる白湯ラーメンには魚介系のダシをブレンドしてスープに奥行きを出す。「人気メニューがない」という言葉通り、どれもが高いレベルを保っている。お客からの意見も積極的に取り入れる。美味さのためなら体裁を気にせずに何でも実行するのが行徳流だ。オリジナリティの高いラーメンを次々と生み出し、地元のテレビ番組や情報誌で高い評価を得るが、慢心はない。

「お客様があっと驚くような一杯を、これからも地道に作り続けていきたい。今、考えられるのはただそれだけです」

(取材・撮影・執筆・編集/力の源通信編集部)


中華そば 行徳家
住所:福岡市南区野間4-4-35
TEL:092-542-1115
定休日:月曜(祝日の場合は翌日)
営業:11:30~15:00、17:30〜23:00、日曜は11:30~22:00


中華そば 行徳家

中華そば 行徳家・行徳 貴


中華そば 行徳家
行徳 貴
(ぎょうとく・たかし)

昭和46年7月、福岡市・南区に生まれる。小さい頃から人を楽しませるのが大好きで、学校の先生のモノマネをしていた。趣味はカラオケで、サザンオールスターズが十八番。創作のヒントを求め、時間を見つけては人気店に足を運ぶ。ジャンルはラーメンに限らず、うどん、そば、しゃぶしゃぶなどその時々の気分で選んでいる。今秋には麺を自家製に切り替える予定。