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ol.76 自家製麺 縁 らぁめん 塩月 俊次さん

宮崎市内から北に約1時間。人口わずか1万1000人の宮崎県・都農町に行列ができるラーメン店がある。店があるのは集客が見込める国道沿いではなく、田んぼに囲まれたへんぴな場所だ。店主・塩月俊次さんは「通りすがりの100人よりも、わざわざ足を運んでくれるひとりを大切にしたい」と言い切る。宮崎でいち早く“無化調ラーメン”を始めた先駆者は、今、何を見つめているのか。

旨さを追求して生まれた無化調ラーメン

塩月さんが理想に掲げるのは、白ご飯のように毎日食べてもあきないラーメンだ。創業以来、化学調味料を使わない一杯を作り続けている。丼に注がれるのは、名古屋コーチンと鹿児島の黒豚でとった動物系に、羅臼昆布や焼きアゴなどでとった魚介系をあわせたWスープ。食材は徹底的に吟味し、最上だと思えるものを惜しみなく使う。さらに高い品質を求め、自家製麺に練り込む全粒粉は実家で栽培し、取り入れるようにした。
「もともと無化調のラーメンを作るつもりはありませんでした。味を追求し、向上させるために研究していくうちに、うま味調味料に頼らない上質な天然食材に行き着いたんです」
じんわりと旨味が染み渡る上品なスープは、口に運ぶたびに味わいが増していく。

答えは食後のお客の顔にある

塩月さんは食べ終わったお客の表情を見逃さない。「スープを飲み干した瞬間、また食べたいと思ってもらえるかが勝負」と力を込める。周りの店では一杯500円が相場だが、「縁らぁめん」では700円台が中心。周囲に比べればおよそ1.5倍の価格だ。
「いい食材を使えば、当然、値段も上がりますから、周りのお店のことは気にしていません。納得してもらえればお客様は自然とついてきてくれるはずです」

支那そば醤油


支那そば塩

離れてわかったラーメンへの想い

大学を卒業した塩月さんは横浜にある建設会社に就職。スキルアップのために出席していた経営セミナーで出会ったラーメン店の社長に誘われ、週末限定のアルバイトを始めた。厨房では想像以上の楽しみが待っていた。調理を任されるようになると、ラーメンの魅力に目覚める。素材の組み合わせを少し変えるだけで味がよくなる。面白くてしかたがなかった。
「目の前で美味しそうに食べるお客様の姿は、普段の仕事で味わうどんな喜びよりも勝っていました」
会社に辞表を出し、店を持つという夢に向かってがむしゃらに働いたが、5年が経った頃、志半ばで挫折してしまう。経営のことを学ぶほど、美味いだけでは駄目だということが分かったからだ。人や物の管理も考えなければならない。気が付けばラーメンづくりが楽しくなくなっていた。失意のなかで宮崎に帰ったが、考えるのはラーメンのことばかりだった。「失ってみて、やっぱり好きなことが分かりました」。ラーメン店を新たに開業するかつての仲間からの誘いで横浜へ。再びラーメン業界に身を投じると、苦手だった経営についても積極的に学んだ。納得がいくまで働いた後、2004年12月、故郷に念願の店を開業した。

記憶に残る幼少時代の一杯

塩月さんには忘れられない光景があった。小学校3年生の時、生まれて初めて自宅以外でラーメンを食べた。町内で唯一のラーメン店だ。決して新しい店ではなかったが、看板はきれいに磨き上げられ、店内は掃除が行き届いている。手際よく台をふきあげる所作を一つとっても美しく、その場には凛とした空気が流れていた。注文が入ると大将は真剣なまなざしで作りはじめる。その隣で奥さんはあうんの呼吸で丼を準備し、具を盛りつける。それまでほとんど外食をしたことがなかった少年の目には、まるで演劇のように映った。運ばれてきた一杯は、普段食べていたインスタント麺とは何もかもが違う。その味わいは今でも鮮明に思い出されるほど格別だった。

夫婦二人で挑むラーメンづくり

これまで夫婦二人三脚で歩んできた。がっしりとした体格の塩月さんの横には、いつも妻・くみさんの姿がある。「妻がいなかったら、この店を続けられていなかったですね」と塩月さんは照れ笑いをする。言いにくいことでもはっきり言うくみさんは、最大の応援者であり、一番厳しい“最初のお客”でもあった。開業から7年間かけて試行錯誤した新作・濃厚醤油らぁめんにもくみさんのアドバイスが詰まっている。
「僕はラーメンのことしか分かりませんが、妻は栄養士の資格を持っていて料理全般に詳しいんです。夫婦二人で厨房・・・まるであの時の夫婦みたいですね」
回想する塩月さんの隣で、くみさんがやさしく微笑んでいた。

(取材・撮影・執筆・編集/力の源通信編集部)

自家製麺 縁 らぁめん
住所:宮崎県児湯郡都農町三ヶ月原1140-65
TEL:0983-25-2788
定休日:火・水曜 ※臨時休業することもあり
営業:11:30〜15:00(LO14:30)
http://enramen.blog82.fc2.com


自家製麺 縁 らぁめん 塩月 俊次さん

自家製麺 縁 らぁめん
塩月 俊次
(しおつき・しゅんじ)

昭和44年4月生まれ。農業を営む両親に育てられ、大学卒業までは地元・宮崎県で過ごす。子どもの頃は勉強が嫌いで、とにかく外で遊び回った。じっとしていることはない活発な性格だった。大学卒業後は横浜にある建設会社に就職。趣味は釣りとサーフィン。幼少から親しんだ柔道でも汗を流す。食材や生産者との出会いを通じて食育にも目覚めた。