ラーメン職人の熱いストーリー ラーメン 東へ西へ

vol.78 ラーメン海鳴 大久保 茂雄さん

安定よりも変化を選ぶ。それが大久保茂雄さんの生き方だ。決まりきった道を進む人生に疑問を感じ、サラリーマンから一転、ラーメン職人に転身した。「ラーメン海鳴」の開業から2年、完成度の高いWスープの魚介豚骨ラーメン、毎月の創作麺で定評を得る。楽しみながら、しかしひたむきに一杯のラーメンと向き合う大久保さんの今を切り取る。

思い描いた一杯を表現

試作中の厨房はまるで実験室のようだった。2009年11月に「ラーメン海鳴」を開業した当初から、店主・大久保茂雄さんは毎月、限定麺を提供していた。これまでに、バジルを使ったジェノバ風のラーメン、パスタを思わせるガスパチョの冷製つけ麺、カルボナーラに着想を得た濃厚ラーメン、アサリを主役にした中華そば——— 一般的なラーメンという概念にとらわれず、自身の世界観を自由に表現してきた。

大久保さんの場合、まずどんな味にしたいのか決める。「ビジョンが固まると、早く形にしたくてうずうずします」。何パターンもの食材をそろえ、調理方法や調理時間、分量を変えながら、一つひとつ徹底的に検証する。結果は事細かにノートに書き記し、理想の味に近づけていく。足りない知識や技術はその都度、身に付けていった。「限定麺づくりで培った経験はグランドメニューにフィードバックしています」という大久保さんの言葉通り、看板商品「魚介とんこつ」も絶えず進化している。ベースのスープは豚の頭骨がメインだ。骨は保存状態に気を配り、入念に下処理した後に、18時間以上強火で炊いて豚のうま味を凝縮させる。合わせる魚介系のスープには本枯節やカタクチイワシなどを用いる。「常にマイナーチェンジしているため、現在のスープも1年後には変化していると思います」と力を込める。今日の「魚介とんこつ」は、豚骨の風味が最初に広がり、魚介の余韻が残る重層型と呼ばれるスープに仕上がっている。豚骨ラーメンのメッカ・博多において、魚介豚骨スープのラーメンは開業当初、なかなか認知されなかった。3カ月で軌道に乗せるという強い決意のもと、寝る間も惜しんで厨房に立ち続けた。じわじわと口コミが広がり、今では「創作麺」「魚介とんこつ」で知られる有名店となった。

何が何でも食らいつく

22歳、東京に本社を構える大手貿易会社に勤めていた大久保さんは、人生の岐路に立っていた。そのまま会社に勤めていれば、安定した未来が約束されている。だが、輝いている将来の自分がイメージできなかった。

専門学校時代にアルバイトをしていた居酒屋の大将に相談に行くと、生き生きと自分の夢を語ってくれた。大将の未来には限界がないように思えた。「先が分からなくてもいい。自分の手で未来を切り開きたかったんです。若さゆえの勢いもありましたね。」と大久保さんは白い歯を見せる。

もともとラーメンが好きで、貿易会社に勤めていた頃から、各地のラーメンを食べ歩いていた。会社を辞め、福岡に戻ってきた大久保さんは地元のラーメンチェーンでアルバイトを始める。上司は結果を出すことにおいて誰よりもストイックだった。彼の頭には「できない」は存在せず、「どうやったらできるか」をひたすら考え抜く。時間が足りなければ寝ずに働き、必要とあればマメができるほど歩き回って情報を集めた。結果が出なければ、当然、休みはない。周りに対しても妥協はしない。「ぶん殴ってやりたいと何度も思いました」と笑いながら振り返るが、「当時はノイローゼになるくらいやり込められた」と言う。「そのまま辞めるのが悔しくて、必死で食らいついていきました。今の僕を支えているのは、その上司のスタイルです」と大久保さんは目を細める。

10年勤めた後、1年の準備期間をおいて、福岡市・清川に「ラーメン海鳴」を開業。「人生を懸けた大勝負なので不安はありました。でも、どんな問題でもクリアできるという自信が勝りました」と、大久保さんは開業に踏み切った。

最高だと思えるラーメンを提供していく

現在、大久保さんは2号店の出店を視野に入れ、スタッフの教育に力を注ぐ。大久保さんの考えを共有し、全従業員が遠慮なく互いに注意し合える環境づくりに着手している。「開店から2年が経った今だからこそ初心に戻り、改めて最高だと思えるラーメンの提供に取り組んでいます」と大久保さんは話す。「新しい味に取り組み、活躍のフィールドを広げている諸先輩方から、いつも刺激をもらっています。職人としてさらにスキルアップしたい。より多くのお客様に僕の一杯を食べてほしいですね」

(取材・撮影・執筆・編集/力の源通信編集部)

ラーメン海鳴
住所/福岡市中央区清川1-2-8-1F 角号
TEL/092-524-0744
定休日/水曜
営業/11:00~15:00、18:00~翌3:00 ※売切れ次第終了


ラーメン海鳴 大久保 茂雄さん

ラーメン海鳴
大久保 茂雄
(おおくぼ・しげお)
昭和52年7月生まれ。福岡県・城南区生まれ。両親と姉との4人家族で育った。高校卒業後はツアーコンダクターを目指して地元の専門学校に入学。その後、東京の大手貿易会社に就職する。モットーは「行動第一」「小さな失敗は積み重ねろ」。現在は震災後の被災地での炊き出し活動にも力を入れる。