ラーメン職人の熱いストーリー ラーメン 東へ西へ

vol.79 せたが屋 前島 司さん

ラーメン職人・前島司さんの頭には妥協という二文字はない。座右の銘は、メルセデス・ベンツの創業者・ゴットリーフ・ダイムラーの言葉でもある「最善か無か」。やるならとことんやるのが前島さんの流儀だ。現在、原点の「せたが屋」をはじめとする8つのラーメンブランドを展開し、東京都内を中心に、ニューヨーク、ソウルにも進出する。創業以来、半歩先を歩み続けてきた前島さんは今、何を仕掛けようとしているのだろうか。

試行錯誤の15年間

日が昇る前に地下の店に入り、深夜まで地上に出ることはない。父親が営む東京の割烹料理店で修行をしていた3年間、前島さんはほぼ太陽を見ることなく、日々を過ごした。
「体内時計が狂い、今、何時なのか分からなくなることもありました。それまでの人生で最も苦しかった思い出です」
父親が用意してくれた道を歩むのはつまらないと、24歳で店を辞めた。飲食業以外の仕事を経験して見聞を広げ、自分の道をゼロから作り上げたい―—そんな気持ちに突き動かされた。営業職、建築関係など、いくつかの仕事を転々としたが、一生の仕事には出会えない。そんな中、友人に連れられて食べ歩いたラーメンに少しずつ惹かれていった。
「一杯のラーメンを目当てに行列ができることが信じられませんでした。あんなに嫌だと思ってやめた料理だったのに、いつしか自分でも作ってみたいと考えるようになったんです」
ラーメン店の開業資金を貯めるため、一番肌に合っていた建築・塗装業で独立。同時に和食の経験を活かして独学でラーメンの試作を始めた。本で得た知識と、自身の勘を頼りに食材を組み合わせ、わずかな増減による味の変化を細かくノートに書き記す。休日は口コミ、雑誌の情報を頼りにして精力的に人気店を食べ歩いた。学んだことは帰宅後、すぐに試す。
「中途半端な味では納得できなかったんです。食べれば食べるほど、作れば作るほど他店のすごさがわかり、どんどん自分のラーメンに求める基準が高くなっていきました」
店を構えたのは、それから15年後、2000年のことだった。

最初の失敗が大きな宝

魚介のエッジが立った醤油ラーメンを主力商品とした「せたが屋」を筆頭に、東京のご当地うどん・武蔵野うどんに着想を得た一杯を提供するつけ麺店「小麦と肉 桃の木」など、これまで前島さんはオリジナリティ溢れる個性的な店を世に送り出してきた。現在のブランドは8つ。前島さんの動向はメディアやラーメンフリークから注目され続けている。しかし、実は最初に出店した「よさこい」はわずか2カ月で閉店に追い込まれた。
「ただ美味しいラーメンが作れるだけでは十分ではなかった。その味を営業時間中、常に安定させることができなかったんです」
自宅では上手くいっても、大きな店では勝手が違う。失意の中、沸き上がってきたのは悔しさと闘争心だった。15年間、ラーメンのことだけを考え続けてきた意地がある。すぐに改善点を洗い出し、一つひとつ潰していった。
屋号を変え、心機一転、2000年10月にオープンさせたのが「せたが屋」だ。ラーメン激戦区として知られる東京・世田谷の環状七号線沿いで、せたが屋はすぐに行列店の仲間入りを果たす。その後、一つの店で、異なる2つのブランドのラーメンを提供する“二毛作”での営業スタイルを確立。昼の屋号を「ひるがお」とし、暖簾やスタッフもがらりと変えて塩味のラーメンを提供した。今も昼夜合わせて1日350杯をコンスタントに販売。安定した人気を獲得している。
「二毛作が成功し、ようやく手応えを感じました。その後も大きな失敗をせずに済んでいるのは、最初に小さく転んだおかげだと思っています」

「高ければいい」は通用しない

多様なラーメンの作り手として注目を集める前島さんだが、その土台には和食の技術に裏打ちされた確かな技術がある。作業工程を細かく見直し、火加減、タイミング、量を調整。「高価な食材だから良い味が出るとは限らない」という考えのもと、柔軟な視点で食材を見る。出張先では必ず市場や乾物屋を巡ってヒントを探し求める。アサリや昆布、ホタテといった食材を使い、無化調の一杯を追求した「ラーメンゼロ」は、前島さんの真骨頂だ。
「食材を一つ変えることで、全体の味にまとまりがなくなってしまうこともあります。そんなスランプも経験しましたが、少しでも美味しくなるのが嬉しくてしかたがないんです」
11年10月末、前島さんはシンガポールにいた。9月に開店した韓国・ソウルに続き、シンガポールへの出店を進めている。
「ラーメンを通して日本の味を世界に届けたいという思いがあります。一職人として、世界を相手にチャレンジしていきたい」

(取材・撮影・執筆・編集/力の源通信編集部)

せたが屋 駒沢店
住所:東京都世田谷区野沢2-1-2
TEL:03-3418-6938
定休:なし
営業:18:00~翌3:00 ※11:00~14:30は「ひるがお」として営業
http://www.setaga-ya.com/


せたが屋 前島 司さん

せたが屋
前島 司
(まえじま・つかさ)
「株式会社せたが屋」代表取締役。昭和37年11月、高知県で生まれる。小さい頃からスポーツが好きで、サッカー、野球を得意とした。現在は朝のジムワーク、休日のゴルフでリフレッシュしている。スイーツ、パンをこよなく愛するという一面も。マルチブランドによる店舗展開に弾みをつけるため、セントラルキッチンの設立も進めている。今冬、シンガポールチャンギ国際空港第三ターミナルに出店予定。