ラーメン職人の熱いストーリー ラーメン 東へ西へ

vol.80 麺場 元次 藤井 元さん

1999年、テキサス州出身のジム・モリスは35歳でメジャーリーグ入団を成し遂げた。人は愛情を込めて彼を“オールド・ルーキー”と呼んだ。30歳を過ぎて建設業から全く畑違いの飲食業に足を踏み入れた藤井元さんは自らの人生をジム・モリスと重ね合わせる。店を構えて1年。今、新たな一歩を踏み出そうとしている。

空っぽの自分を受け入れる

建設会社で働き出して9年が経った。現場監督を務めるようになると給料も増えた。会社に不満はない。漠然とした不安を感じていた藤井さんを突き動かしたのは、飲食店でイキイキと働く先輩の姿だった。
「周りの全員から反対されました。でも、迷うより先に、やってみたいという自分がいました」
寿司屋やダイニングバーなど、福岡で様々な飲食業態を展開する「ONOグループ」に転職。配属されたのが「麺や おの」だった。
「31歳にして何一つ経験がない。その現実と向き合わないと何も始まらないと思いました。初心に戻ってゼロから学ぼうという決意を込め、入社日の挨拶で自分のことを“オールド・ルーキー”だと言い、遠慮なくしごいてほしいと伝えました」
翌日から、藤井さんはシフトの2時間前に入店し、自腹で買ってきた野菜を刻み、包丁の使い方から学んだ。労働時間は倍増したが、給料は半分以下になった。半年で体重は10kgも減った。それでも毎日が充実していた。周りは年下ばかりだったが、社員、アルバイト関わらず、尊敬の念を持って接した。早く周りに追いつきたいという一心で、がむしゃらに働く藤井さんを見て、皆が積極的に教えてくれるようになった。

若醤とんこつ550円、刻み炙りチャーシュートッピング+100円

自分には「美味しい」の基準さえない

「麺や おの」で働き出して1年が経った頃、店で提供している月替わりのラーメンを任されるようになった。そこではたと気づいた。「美味しい」とは一体何なのか明確に答えることができなかった。
「それまでは無思考で食べていたんですね。自分に基準がないことを痛感し、とにかく頭を使って食べるようになりました」
食べ慣れたいつものラーメンも、意識の持ち方一つで初めての味のように感じる。一杯食べるごとに仮説を立て、すぐに試作した。試行錯誤の中で、どんどんラーメンづくりにのめりこむ。仲間にも恵まれた。小野孝社長をはじめ、同僚たちがアドバイスをくれる。何事にもチャレンジさせてくれる風土も肌に合っていた。
謙虚に、そして精一杯、一つのことに向き合うガッツは剣道で培った。小学2年生からはじめ、スポーツの名門、東京・国士舘大学まで進んだ。
「コツコツと努力を積み上げる精神、誰からも学ぶ姿勢は剣道で培いました。ただ勝てばいい、ではない点も剣道の良さです。過程が大切ですし、勝ったからといっておごってはいけない」
自らに高いハードルを課し、脇目もふらず働いているうちに、あっという間に3年が過ぎた。
「それまで独立のことは全く頭になかったんですが、ある日、自分を変えてくれたラーメンを通じて社会に貢献したいという思いが沸き起こったんです」
34歳、新しい夢が見つかった。2010年12月に「麺場 元次」を構える。

小手先ではなく真剣勝負

昔から目の前のことに全力投球し、道を切り開いてきた。そのスタイルは「麺場元次」を営むようになってからも変わらない。
「ただでさえ経験がないのに、普通の店ではライバル店に太刀打ちできません。自分ならではの個性を出そうと考えました」
店のコンセプトは「意外性」だ。看板メニューの「若醤とんこつ」は一見すると白濁スープの豚骨ラーメンのようだが、たちのぼる湯気には鶏のフレーバーがある。スープは豚骨と鶏ガラを1:1の割合で炊く。鶏特有の丸みのあるコクがしっかりと主張する一杯だ。「塩ら〜麺」にもオリジナリティが光る。
「一般的な塩ラーメンはあっさり、キレのある一杯が多いと思いますが、うちでは、鶏ガラを昆布やいりこなどの魚介と一緒に煮込んだまろやかでほのかにとろみがあるスープがウリです」
「若醤とんこつ」のスープをベースに、さらに骨、魚介類を加えて濃度を高めた「太醤とんこつ魚介」では、旨味が凝縮したスープをライトに楽しめる一杯を表現。ただし、これらのラーメンは全て進化中だ。 「店をはじめてまだ1年。もっと美味しくなると思っています。少しでも向上するように、日々、分かるか分からないかギリギリのラインで微調整を繰り返しています。常連様は気が付かないかもしれませんが、久しぶりに食べる人は驚くほど変化を感じるはずです」 藤井さんは「もちろん、小手先で意外性を狙うようではいけません。やるからには真剣勝負です」と続けた。2012年、原点に立ち返り、新たな気持ちで店に立つ。

(取材・撮影・執筆・編集/力の源通信編集部)

麺場 元次(めんば げんじ)
住所:福岡市中央区薬院4-2-12
TEL:092-521-7771
定休:なし
営業:19:00〜翌5:00


麺場 元次 藤井 元さん

麺場 元次
藤井 元
(ふじい・げん)
「麺場 元次」店主。1975年9月、福岡県・みやま市で生まれる。青春時代は剣道一色。5段の腕前で、大学卒業後も時間を見つけては道場に足を運んで汗を流している。座右の銘は「温故知新」。店名には元=ゼロを大切にし、次世代を担う店を目指すという思いが込められている。