ラーメン職人の熱いストーリー ラーメン 東へ西へ

vol.81 入船食堂 高田 英輔さん

福岡市・住吉の路地裏にひっそりと佇む「入船食堂」にはアットホームという言葉がしっくりくる。引っ切りなしにお客が訪れ、その大半が常連客という地域に密着した人気店だ。店主・高田英輔さんは開業時から、ゆっくりとラーメンを楽しんでもらえる店作りに取り組んできた。「死ぬまで厨房に立ち続けたい」という高田さんは、今、何を見つめているのか。

ラーメンはゆっくり食べる料理

「入船食堂」は個性的な店だ。薄緑の壁、使い込まれたテーブルとイスが並ぶ昭和の食堂の佇まいでありながら、BGMにはレゲエが流れ、本棚にはマンガ、テーブルの上にはアニメのフィギュアが並ぶ。ドレッドヘアーがトレードマークの店主・高田英輔さんは飄々とした雰囲気。その一方で、お客との会話をこよなく愛し、少年のような笑顔を見せる。お客はゆるやかな空気を求めて店に足を運ぶ。漫画を手に取って時間をかけて食事をする人もいれば、ビールを片手に同僚と語り合っている人もいる。お客の7割がリピーターだ。
「時間がないときに慌ただしく食べるのではなく、僕の店ではラーメンはゆっくり楽しんでほしいと思っています」
勝手を知る常連客たちはラーメンをのんびりと待ち、店が込み合えば、お客同士が自然と席を譲り合う。入船食堂はそんな店だ。

ネギらーめん(並) 600円

毎日がずっとつながっていた

20歳の頃、実家から徒歩で通えるという理由で地元にあったFCのラーメン店でアルバイトを始めた。高田さんの生まれは神奈川。決めたのは横浜エリアに展開する「家系ラーメン」の店だった。何気なく始めたが、本社に行ってから状況は一変する。
「どの先輩も現場が好きで、とにかくスキルが高かった。徹底的にスパルタ教育を受けました」
約4年間勤めた中で、店を休んだのはわずか3日。高熱を押して働き、厨房で倒れ、そのまま救急車で運ばれた時だけだった。何度かノイローゼになり、不眠症も経験した。旅行に出掛けることはおろか、友人と遊ぶ息抜きの時間すらなかった。それでも、先輩を追い越したいという気持ちと、元来の負けん気が勝って働き続けた。常に厨房に身を置き、言葉で教えてくれない技術を見て学ぶ。先輩について行くだけで精一杯だった。
「寝ている時間以外は全て働いていました。区切りがなく、1日1日がつながっているような感覚でした」
 ラーメンづくりを一通り身につけた24歳、別の店で働くことを決意した。

博多の街で人情に触れる

博多の街にやって来たのは25歳の時だった。横浜にある別のラーメン店で勤めていた時、福岡市・住吉のキャナルシティ博多内にある「ラーメンスタジアム」に出店することになった。「違う土地で働いてみたい」と博多にやってきた高田さんを待っていたのは、独特の人情だった。
「博多に着いた初日、道に迷ってしまいました。そんな僕を見て、見ず知らずの女性が大通りまで連れていってくれました。タクシーに乗ると、事情を知った運転手がメーターを切ってホテルを探してくれたんです。いっぺんで博多が好きになりました」
その後、中洲に店を出したいという知人の依頼を受け、店の立ち上げを任される。提供したのは、これまでの経験を生かした豚骨醤油ラーメンだ。1年後、店は軌道に乗り、オープン前に列ができるほどになった。

肉×肉油そば 650円

身近な人の幸せが第一

29歳、自身の店を構えた。奥さんの実家、創業50年の「入船食堂」を引き継ぎ、ラーメンを作り始めた。 「一人ひとりのお客様の顔を見ながら、義母が丁寧に定食を作っていた姿が大好きでした。こういうスタイルでラーメンと向き合っていきたいと思ったんです」 目指したのは、家系ラーメンの技術で作る博多らしいラーメンだ。豚骨と鶏ガラでとった濃厚なスープには、九州ならではのやや甘い醤油を効かせるのもポイントだ。麺は細、ちぢれ、太の3種から選べる。オープン当初から提供する油そばも人気が高い。
「地域のみなさんに愛される一杯を一緒に作っていきたい」
創業時から「味に完成はない」を合い言葉に、少しずつ手直しをしている。ラーメン業界で15年の経験がある今も「自信はない」という。
「死ぬまでラーメンを作り続けたい。そのためには家族の支えが不可欠です。妻、息子のことを思い、大切にしていくことで、はじめてラーメンに集中できます。欲張ってもしょうがありません。まずは身近な人の幸せのためにがんばっていきたい」

(取材・撮影・執筆・編集/力の源通信編集部)

入船食堂(いりふねしょくどう)
住所:福岡市博多区住吉4-15-6
TEL:092-441-0377
定休:日曜、祝日の夜
営業:12:001〜15:00、19:00〜23:00


入船食堂 高田 英輔(たかだ・えいすけ)さん

入船食堂
高田 英輔
(たかだ・えいすけ)
「入船食堂」店主。1977年4月、神奈川県・戸塚区で生まれる。初めてついた仕事はバーテンダー。その後はラーメン一直線。店内に置かれたフィギュアには子供の趣味が色濃く反映され、その時々でラインナップががらりと変わる。店ではグリーンカレー仕立てのつけ汁でたべる「グリーンメン」というオリジナルメニューも提供。豚骨スープで煮込むカレーにも定評がある。