ラーメン職人の熱いストーリー ラーメン 東へ西へ

vol.82 モヒカンらーめん 味壱家 於保 貴久さん

人気店「名島亭」の店主・城戸修さんが「とにかく気合いが入っている」と言うラーメン職人が福岡県・久留米市にいる。「モヒカンらーめん 味壱家」の店主・於保貴久さんだ。創業の頃からずっと髪型はモヒカン。どんなに忙しくとも従業員が必ず外まで出てお客を見送り、時間があれば自らウエイティングのお客にお茶を淹れる。開業以来、徹底的にサービスに力を入れてきたのは、修業時代の苦い経験からだった。

モヒカンらーめん 550円

誰かのせいにしたくない

久留米の人気店「一味ラーメン」で修行を積んでいた於保さんは、壁にぶつかっていた。店長として新規店舗の立ち上げを任されてから半年間、1日9時間の営業でお客はわずか数人という日が続く。心身ともに崖っぷちだった。気持ちばかりが焦り、どうしていいのかが分からない。場所が悪い、味を分かってくれないお客が悪い―— 気が付けば誰かのせいにしている自分がいた。
「もう言い訳したくなかった。これから一カ月で成果がでなければ、別の道を進もうと腹をくくりました」
頭を丸め、気合いを入れるために金髪にした。それまで押し殺していた自分らしさを前面に出す。なりふり構わずお客に声をかけ、足を止めてくれたお客のために一杯一杯丁寧に作った。姿が見えなくなるまで頭を下げて見送った。1カ月後、売上は倍になり、その後も評判は広がっていく。

こんな50歳を迎えたい

於保さんは一度、人生のどん底を経験している。高校を卒業して自衛隊に入隊して2年が経った頃、人身事故を起こしてしまった。不幸なことに、相手は亡くなってしまう。
「僕の人生はこれで終わりだと思いました。目の間が真っ暗になり、何をしていいのか分からなくなった」
そんな於保さんの光になったのが、「一味ラーメン」の大将だった。自衛隊を退職し、土木関係の仕事に就いていた時、「好きなラーメンが食べられるうえに、小遣い稼ぎになる」という軽い気持ちでアルバイトを始める。大将に会うと、すぐにその人柄に惹かれた。50歳で脱サラし、店を開業。強面で、一見するとその筋の人のように見える。底抜けに明るく、人を笑わせるのが大好き。面倒見が良く、周りにいるだけで元気になれた。
「ざっくばらんで、裏表がない。そして、やるときはやる。こんな50歳になりたいと思いました」
アルバイトを始めてから1年、24歳で社員になる。大将から学んだのはラーメン作りだけではない。ある時、酔っぱらった柄の悪いお客が難癖をつけてきた。於保さんが突っぱねようとすると、大将がスッと前に出てきて「失礼しました。すぐに作り直させます」と対応したという。
「その姿が商売人としての僕の原点です。頭を下げることも強さだと教えてもらいました」
修行を始めて5年で独立。2000年、現在の場所に「モヒカンらーめん 味壱家」を開業した。トレードマークだった金髪の坊主頭は、より印象に残るようにモヒカンにし、店名に冠した。

“スペシャル”を一人ひとりに

創業以来、どうしたらお客に満足してもらえるかだけを考え続けてきた。それは行列ができるようになった今も変わらない。丼に麺が泳ぐくらいたっぷりとスープを注ぎ、近隣の店と比べてチャーシューを多めに添えて出す。外に行列ができている時は外に出て、ウエイティングのお客にお茶を出す。食後は従業員が必ず外まで出て見送る。
「来て良かったと思ってほしい。その一心です。待ってでも食べたい一杯を目指し、常に『お客様一人ひとりにとって“スペシャルなラーメン”を作ろう』と心掛けています」
誰も見向きもしてくれなかった修業時代の悔しさは今でも鮮明に覚えている。だからこそ、「店に来てくださるだけでありがたい」と思え、多少コストがかかっても、お客にできるだけ還元する。ラーメンのスープはより豚骨の風味とコクが際立つよう、仕込みに使う骨の量を倍にした。「ただの替え玉では面白くない」という思いから、熱々の鉄板で茹でた麺を出し、残ったラーメンのスープを加えて“焼きラーメン”のように楽しむ「焼き替玉」を考案。茹でた麺の替わりに豚骨スープで炊いた米と生卵を乗せ、お客の目の前でかき混ぜて完成させる「とんこつ飯」は、今やラーメンに次ぐ看板メニューだ。

とんこつ飯 500円

今夏には2号店のオープンが控えている。新店舗開業に向け、最近では、極力、表舞台に立たず、社員たちに営業を任せているという。
「これまでは、まず僕の顔を覚えてもらい、記憶に残るような商品とサービスを提供してきました。これからは社員たちが店の顔です。彼らのファンを増やしたい」
於保さんのいない店に「いらっしゃいませ」という威勢の声が響き、オーダーを通す声がこだまする。カウンター越しに見る従業員の表情は一様に明るく、調理をする時の目は真剣そのものだ。姿は見えなくとも、於保さんの気を確かに感じた。

(取材・撮影・執筆・編集/力の源通信編集部)

モヒカンらーめん 味壱家(あじいちや)
住所:福岡県久留米市津福本町221-11
TEL:0942-39-6786
定休:月曜(祝日の場合は翌日)
営業:11:30〜15:00、18:00〜24:00(LO23:30)


モヒカンらーめん 味壱家 於保 貴久(おぼ・たかひさ)さん

モヒカンらーめん 味壱家
於保 貴久
(おぼ・たかひさ)
株式会社於保商店・代表取締役。1970年12月、福岡県・久留米市で生まれる。小学校では野球に打ち込み、中学では陸上部に所属。その後、バイクに目覚め、高校3年生の頃にはサーキットに出て、レースに出場していた。趣味は仕事で、社員の成長が何よりの楽しみ。ちなみに、女性の従業員はモヒカンではない。