ラーメンと桜島。
圧倒的な存在感は不動です。
「私にとってラーメンとは、海外から戻ったら何はともあれ一番に食べる日本食、という位置づけですね。
映画のロケや好んで出かける東南アジアへのスケッチ旅行など、世界中を巡っていますが、どういうわけか日本に着いたら、無性にラーメンが食べたくなる。
またこれが全国津々浦々どこに行ってもあるんですよね、ラーメン屋さんが。日本におけるラーメン文化の根付き方はアッパレです。
私たち鹿児島県出身者は、故郷に帰って桜島を眺めると誰しもホッと安堵する。町のどこからでも見える雄々しい姿が心を安らかにしてくれるんです。
そんな、圧倒的な存在感と言いましょうか、ラーメンには不動の魂がある」
長きにわたり武術の鍛錬を怠らぬ薩摩隼人は、背筋をピンと伸ばして「ラーメンは大好きですよ」と語りだし、一気に続けた。さらに「規則正しい食生活は不健康ではないか」と異な発想も展開する。
「決まった時刻に決まった量を行儀よく食べ、カラダに悪いといわれるものは食べず、ストレスも溜めず、というのは逆に不健康。悪習ですよ。お腹は減ってないけど時間が来たから食事しようっていう人、結構多いんですが、私には理解できない。食べた時に食べたいものを好きなだけ食べるのが真実の美味しさだと思っています。集中して時を忘れて仕事した後、ヨシッここで好物のラーメンだっ、至福のヒトトキですよ。無論スープも一滴残さず平らげます」
時折、朝食を作ることもある。
「家族より一足早く、6時前に起きて、米を研ぎ、味噌汁の具を物色。あっさりとした野菜炒めと焼き魚、ネギをたくさんの納豆と、これだけあれば立派な朝食の出来上がりです。窓を全開にして風の通りを良くしたら、廊下の気になるほこりを払い、二人の息子を起こして食べさせて保育園に送っていく。
といっても実は私も家庭の事はほとんど顧みる暇のない男でした。生きる上での優先順位は仕事が第一にくるタイプ。子供の面倒は見たことがなかったけれど、とことん時間に追われて肉体的にも精神的にも追いつめられる生活を何年もしてみて、近年だんだんと疑問が湧いてきた。
そんな時に『忙しさは本来の人生の目的とは何ら関係がない』という言葉に出会い、我に返ったんです。忙しく次から次へと仕事をこなし続けていると、人はついつい何かを成し遂げつつあるかのような錯覚に陥りやすい。芸能界などという人目に晒される世界ではなおさら。
表面的な現象と本来の生きる目的は確かに違う。自分はどこに居るのか。自分は誰なのかと考え続けているわけですが、未だに答は出せないまんま。そんな旅の途中に台所に立っている時間は束の間であっても、限りなく貴重に思えます」
一回一回の食事も、芝居も、すべて一期一会、今この瞬間こそが全てだと、繰り返した。
記事:滝 悦子
- 鹿児島県出身。武蔵野美術大学デザイン科に学ぶ。劇団四季に入団、1981年『オンディーヌ』で初主演。83年劇団四季を退団し、 84年NHK朝の連続テレビ小説『ロマンス』主演でテレビデビュー。その後、俳優として、映画・テレビ・舞台で活躍。旅を好み、アジア各地を中心に世界の風景を描き続ける。毎年全国各地で個展を開催。