ラーメン職人の熱いストーリー ラーメン 東へ西へ

ラーメン東へ西へ No.53 すずめ

「今までに1度も食べた経験のない広島のご当地ラーメンを食べてみたい」。そんな好奇心から見ず知らずの広島ラーメンの老舗『すずめ』にアポイントをとり、新幹線・のぞみに乗ってラーメンのつくり手に会いに行った。亡き夫と共に創業して店を守ってきたタツコさん、その長男・道広さん、娘婿の誠二さんが、開店前の店で待っていてくださった

78歳になる社長の関上タツコさんは、夫の卓爾さんと共に、昭和32年頃から広島西飛行場の近くで中華そば屋台を始めた。どぶ川の上の固定屋台で、1杯50円の中華そばは馴染み客に好まれ、数年後には現在地に店を構えるまでに。

「4つ年上の主人は大工をしちょったけど、私もいっしょしょに下駄屋を始めました。何年かやって、そばのほうが楽と思って、中華そば屋をしたんよ。けど、そば屋も楽じゃなかったねぇ。しんどい目にあったから、長ぅやってこれたんよ」。

しんどい目

タツコさんは姉と妹を原爆でなくしている。学校は勤労奉仕にとって変わられ船の部品をつくったことも。原爆が投下されたときは炭鉱の町・飯塚(福岡県)で石炭を掘っていたため命拾いした。原爆投下のニュースに急いで帰郷し、本人も被爆者となり原爆手帳をもらうに至った。

14年前に亡くなったご主人とは20歳で結婚するも、戦後の広島での暮らしは生やさしくはなかった。

「最初はお父さん(夫)は、いやじゃったようです。だけど食べていけんけんねぇ。私が麺を上げて、お父さんが盛り付けて……。1年もすると、お客さんは神さんやと言うようになって、お父さんはだいぶ研究しましたよ」

広島のご当地ラーメン

醤油味の元ダレに、とんこつ鶏ガラ、野菜類を煮込んだスープを加える。延びにくい中細麺に、元ダレで煮込んだチャーシューもやしネギが乗る。関上さん夫妻は、昭和30年代初めに創業した『しまい』の沖誠治さんに習って中華そば屋を始めた。『寿々女』の名で暖簾わけしてもらい、後に『すずめ』となる。

長男の道広さんは毎朝7時30分には仕込みのために店に立つ。閉店後、片付けをして仕事を終えるのは22時を回ってから。

「最初は鉄工場で働いちょったんですよ。けど、やっぱ専門学校で勉強して中華料理店に1年勤めて、22歳から店を手伝うようになりました。中華そば屋はせんでもええ言われたけど、結局30年たちましたね」
と道広さん。

人に優しい父は、実に仕事に厳しい人だったと回顧する。

「足で蹴る、ひしゃくでたたく、しまいには湯をかける。もぅ、逃げるしかなかったですね(笑)」

という道広さんの言葉の後に

佐野実さんより厳しい人じゃった」

とタツコさん。

店内

カウンターとテーブル合わせて37席。混み合うので必然と相席になる。禁煙にしたのは、厳しい父が亡くなってからのこと(喫煙者の父が存命中は禁煙ではなかった)。

入り口に設置した「整理券」は、銀行の整理券にヒントを得たもの。『すずめ』独自に開発された超繁盛時をクリアする1つの方法だ。

厨房には8基を備えたオリジナル設計のガスコンロや、道具を使いやすく移動させられるコンロ上の可動棚、厨房のわずかな空きスペースを見事に活かした保管用ラックなど、 随所に工夫がされている。それらは、元・設計士をしていた娘婿の山本さんが「使う立場で考えたアイデア」を実用したもの。

山下さんは仕事を辞め、昭和56年から店を手伝っている。関上さん夫婦に中華そばのノウハウを伝授した沖誠治さんから

「あなたが縁の下の力持ちになってみんなをもり立てて。みんなでやらにゃあ」

と親身に言われたことがある。今もその言葉に忠実に、番頭さん的な役割をする。

すずめのメニューは中華そば1品のみで、代金は1杯550円。

「親父が亡くなったら別のメニューも出すつもりでおったけど、亡くなる前に『この味1本でやってくれ』と遺言されてしもうたけぇ、できんとですよ」

と道広さん。唯一他にあるメニューは、小瓶のビールが250円。男性客に混じって女性のみの客も訪れる。週末には子供連れでいっそう賑やかさを増すのだ。

開店15分前の14時45分、山本さんが暖簾をかける。店の前には『すずめ』の中華そばを待つお客さんたち。店内の緊張感は高まり、醤油とんこつスープの匂いと羽釜の湯気が立ち篭める。

14時50分、少し早めに店に客を入れ始めると、4人、2人、5人と慌ただしくなる店内。客は整理券を採るだけで、誰も注文をしない。山本さんがを上げ、道広さんは盛り付け、道広さんの妻がホール係。

ピリリとした空気が張り詰める中、先ほどの談話中とは一切異なる真剣な面持ちで、お客さんの顔を見る道広さん。注文はしなくても、顔を見れば馴染みの客の好みがわかるのだ。

小ぶりなに、食べやすいあっさりとしたまるみのある味わいの中華そばはスルリとお腹に納まり、の底が見えるまでスープを飲み干して店をあとにした。



すずめ
住所:広島市西区東観音町1-2
TEL:082-231-9975
定休日:日曜・14日
営業時間:15:00~21:00

関上 タツコさん、山本 誠二さん、関上 道広さん

すずめ
写真右から
関上 タツコさん
SEKIGAMI TATSUKO
山本 誠二さん
YAMAMOTO SEIJI
関上 道広さん
SEKIGAMI MICHIHIRO