営業マンから一転、29歳でラーメンの世界に飛び込んだ 和田寛幸さん。『らーめん屋 たつし』は、オープンからわずか3年足らずで 人気店に成長した。料理経験なし。修行もせず、ただひたすらに自分の力を信じた。
この異色の経歴が「3年前のラーメンの形は微塵も残っていない」ほど、日々進化する 一杯を生み出す。今、和田さんが追い求めるものとは。
人生を変えた真心の料理
2009年、1月26日。和田さんはいつものように早朝4時から仕込みをしていた。
午前7時、シャッターを開くと、創業時から応援してくれている常連客の子供たちが立っていた。手には大きな花束を持っている。
「3周年、おめでとうございます!」
そう、この日は創業3周年の記念日だった。
心を込めて書かれたメッセージカードが添えられていた。うれしかった。涙があふれ出てきた。
その反面で「あれから3年も経ったのに、まだ俺はこんなもんなのか」と腹の底から悔しさがわき上がってきた。和田さんの辞書に満足の2文字はない。
大学時代から、全国のラーメン店を食べ歩いた。気が付けば「有名店」「行列店」のたぐいは全て制覇していた。研究のためでもなければ、誰かに強制されたわけでもない。ただただラーメンが好きだった。
地元・福岡の大学を出て、そのまま地場企業に就職。営業マンとして、日々福岡の街を駆け回る。5年後、東京に転勤となった。常に結果を求められ、利益を追い続ける日々。毎日、お金のことばかり考えていた。
東京で迎えた3回目の秋。日頃から世話になっていた築地で働く魚河岸の経営者たちが誕生日を祝ってくれると言う。訪れたのは、浅草の町外れにあるフレンチレストランだった。自分のために用意してくれた最高の食材に、シェフが魂を吹き込む。料理を食べた瞬間、全身の毛が逆立ち、感動と興奮が一気に押し寄せた。
「それまでの人生であれほど料理に心を揺さぶられたことなどなかった。気持ちが込められた料理とは、こんなに美味いものなのか、と心の底から感動しました」
自分が作った料理で、誰かを心から喜ばせたい。29歳、和田さんはラーメンで生きていく決意を固める。
「ラーメン以外のことは一切考えない。そう決心したんです。ラーメンに関係ないものは、可能な限りそぎ落とそうと……」
携帯電話をバキリと真っ二つに折った。長かった髪をばっさりと切り、頭を丸めた。心の中でモヤモヤと渦巻いていた何かが、きれいさっぱり吹っ切れた。
知れば知るほど募る不安
店を始めるにあたり、修行をする気は毛頭なかった。他の店の味に染まりたくなかったからだ。どんなに時間がかかろうとも、自身の手でゼロから一杯のラーメンを作り上げたかった。
ラーメン作りの専門書、ノウハウ本を片っ端から買い集めた。その数、実に50冊以上。インターネットから得られる情報も参考にしながら、ひたすら知識を詰め込んだ。
同時に肉屋や市場などに足を運び、集めて回ったゲンコツや魚の骨などの食材を使って試作を繰り返した。食べることは大好きだったが、実際に作ってみると全く上手くいかなかった。
「初めて作ったラーメンが、とても食べられたもんじゃなくて(笑)。レシピの通りのはずなんですが、それはもうひどかった」
麺も家庭用パスタマシンを使って、自分で作ってみた。太さ、加水率、口当たり、全てに妥協がない最高の麺を生み出したかった。しかし、イメージだけが空回りする。
【現在は2代目に。店内の壁には初代がディスプレイされている】
「作れば作るほど、ラーメンを知れば知るほど、他の店のすごさが分かった。『ああ、俺は思いあがってたな。本当に店を出すべきなのかな』って、不安に駆られました。でも、他と比べてもしょうがない、自分の味を追求するしかないと腹をくくりました」
ほんのわずかずつだが、日一日と美味しくなっていく過程が心の支えだった。予想を大きく上回る2年という歳月を経て、ようやく納得のいく"自分の味"ができあがった。2006年1月、ようやく念願だった店を構える。
「美味い」のためなら苦労は厭わない
オープン当時のラーメンは、レンゲですくうと手首にグンと重みを感じるような濃厚スープが特長だった。しかし、現在提供しているラーメンの味に、その面影は全くない。「日々改善」を信条に、良いと思ったものを取り入れてきた結果だ。味が向上するためなら、とにかく何でもやった。
メインとなる豚骨ラーメンのスープは、豚頭だけをじっくり13時間煮込む。下処理に2時間かけ、豚のうま味をしっかり表現しつつ、余計な臭みは残さない。様々な味へとアレンジできるようにさっぱりした現在のスタイルに変化していった。
元ダレやトッピング、果ては水までも、細かく、絶え間なく、改良を重ねる。この一杯もまた、数年後には予想できないほどの進化を遂げているのかもしれない。
和田さんの職人魂が真骨頂を発揮するのが「塩らーめん」と、醤油を効かせた「千名そば」だ。麺は平打ちのちぢれタイプで、加水率を高めにしてもっちりと仕上げる。ロット数、技術的な問題から、今でもパスタマシンで作った麺を使う。手間暇がかかるやり方ゆえに、時には同業者から「商売人のすることじゃない」と揶揄されることもある。
「たとえ非効率だろうと、本当に美味しい一杯を生み出すためならどんな苦労も厭いません」
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【千名そば550円。鶏ガラ、豚骨をベースにダシを取り、香り豊かな魚介スープと甘口醤油を合わせる。】
夢は福岡発の全く新しいラーメンを作ることだ。福岡はラーメンの本場でありながら、東京に大きく遅れをとっているのが実情である。
後の世に受け継がれていくようなスタンダード--- そんな一杯を生み出して、根っこの部分から変えていきたい。夢を語る時の和田さんの笑顔を見ていると、まだ見ぬラーメンの姿さえも浮かび上がってきそうだから不思議だ。
住所:福岡県福岡市東区名島3-32-8
TEL:非公開
定休日:木曜
営業時間:11:30~14:00、17:30~20:00