ラーメン職人の熱いストーリー ラーメン 東へ西へ

ラーメン東へ西へ No.73 信濃神麺 烈士殉名 塚田 兼司さん

会社名の「BOND OF HEARTS」は和訳すると「心のつながり」だ。受けた恩は絶対に忘れず、倍にして返す。仲間との絆を何よりも大切にする。そんな男気に溢れる塚田兼司さんは、ラーメン業界でいち早く「ネクストブランド」による店舗展開を導入したことで知られる。根底には仲間を守りたいという思いがあった。男の美学を持ち、スタッフから兄貴と慕われる塚田さんの今を切り取る。

サイフォンを使った唯一無比の中華そば

カウンターにはコーヒーサイフォンが並ぶが、誰一人としてコーヒーを飲んでいない。ここはれっきとしたラーメン店だからだ。「本枯中華そば 魚雷」が開店したのは2010年1月。提供されるのはサイフォンで作る前代未聞の中華そばだ。きっかけは枕崎の職人が作る高級鰹節・本枯節との出会いだった。

「もう、ひっくり返るほど旨くって。いつか本枯節を使いたいなと思っていました」

動物系と魚介系を合わせたWスープをサイフォンに注ぎ、上部には本枯節を入れる。沸騰したスープは上にあがり、カツオのうま味を吸い込んで下に落ちていく。合わせるのは信州の醤油だ。トッピングはデフォルトでホウレン草とエスプーマ。さらに9種類から3品を選ぶことができる。スープそのものの味を楽しんでもらえるように別皿で提供するのも特徴だ。先例のない独創的な一杯は、すぐさまラーメンフリークたちの話題をさらった。

信濃神麺 烈士殉名

本当は誰よりも臆病

塚田さんが常に模索しているのが、細く、長く、潰れない店作りだ。基本にあるのが「ネクストブランド」。たとえヒットし、行列店になったとしても、その成功パターンだけに頼ることは絶対にない。

「もしその味が飽きられてしまったら、ついてきてくれたスタッフまでもが路頭に迷ってしまう。だから、異なる味、別の屋号による新業態で勝負してきました。初対面の方からは豪快な人間に見られがちですが、本当は誰よりも臆病なんですよ」

美味いラーメンを地道に作り続けることが最大のPRだと捉え、真っ向勝負で挑むのが塚田さん流だ。

信濃神麺 烈士殉名

失敗しない実験のようだった

塚田さんの原点は22歳で譲り受けた『笑楽亭』だ。以来、本場さながらの博多ラーメンを提供する『けん軒』、濃厚な豚骨醤油スープと山盛りの野菜を組み合わせた一杯が看板の『前田慶次朗』など、多種多様な店を出してきた。たとえば『けん軒』はオープンから10年以上経つが、今も売上は右肩上がりだ。

「同じ屋号で多店舗展開をしない代わりにひたすらブラッシュアップしてきた結果ですね。食材に関しても常々見直してきました」

ただ「美味しい」ではなく、心から感動できるようなラーメンを作りたい——そんな思いが創業の頃から心の中でくすぶっていた。今までにないような濃厚な鶏白湯のラーメンを作ろうと思い、立ち上げたのが「気むずかし家」だ。商品ができあがっていく過程の中で、ラーメン作りそのものにおける考えも大きく変わった。

「はじめて一つひとつの食材と向き合ったんです。作り方は一切変えていないのに、使う食材を変えただけでグンと味が良くなる。必ず成功する実験のようで、面白くて仕方なかった」

食材への情熱と厳しい目はこの時期に養われたものである。現在も“美味いものは売れる”という信念のもと、納得がいくまで一杯のラーメンに心血を注ぐ。

信濃神麺 烈士殉名

頂いたものを返して最後は白に

心のつながりを何よりも重んじる塚田さんは、叱咤激励してくれる先輩、陰で支えてくれる業者への恩を片時も忘れない。

「人生をキャンバスに例えるなら、生まれたばかりは白の状態です。その後、いろんな人々に出会い、感化されて、どんどん色が塗られていきます。受けた感謝は倍にして返し、最後に白に戻れれば、これほど嬉しいことはありません」

共に成長してきた仲間に対しても同じ気持ちで接する。「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」という有名な言葉を残した戦国武将・武田信玄。信玄もまた、勇猛な家臣を誇りとし、情を重んじた。心に感謝の念を持ち、本当の家族のようにスタッフへ愛情を注ぐ塚田さんの姿が、稀代の名将と重なって見える。

(取材・撮影・執筆・編集/力の源通信編集部)


信濃神麺 烈士殉名 長野店
住所:長野県長野市中越2-36-24
TEL:026-215-8957
定休日:月曜
営業:11:00〜23:00


本枯中華そば 魚雷
住所:東京都文京区小石川1-8-6 アルシオン文京小石川102
TEL:03-5842-9833
定休日:水曜
営業:11:00~15:00、18:00~23:00


信濃神麺 烈士殉名・塚田 兼司


信濃神麺 烈士殉名
塚田 兼司
(つかだ・けんじ)

「BOND OF HEARTS」代表取締役。1971年2月12日生まれ。長野を拠点に、「気むずかし家」「けん軒」など9店舗を展開する。数百ものメニューを作ってきたが「毎回、初心に戻れる。形にはまりたくない」という理由から、レシピは手元に1つも残っていない。趣味は食べ歩き。ジャンルは問わず、旨いと聞けば何でも食べる。毎日人に会い、パワーをもらうのも塚田さんの元気の源だ。何も考えずに集中できる麻雀もこよなく愛している。