ラーメン職人の熱いストーリー ラーメン 東へ西へ

ラーメン東へ西へ No.75 ラーメン専門 こむらさき 橋口 芳明さん

「ラーメン専門 こむらさき」の先代、故・橋口竹雄さんは従業員に「美味い料理を提供すれば、多少高くても必ずお客様は来てくださる」と何度も繰り返したという。創業した昭和25年、周りのラーメンが15〜20円だったのに対し、一杯30円だった。現在でも一杯950円という鹿児島市内でトップクラスの価格だが、「この味でないと満足できない」という熱烈なファンが連日、客席を埋める。二代目・芳明さんは先代の教えを忠実に守り続けていた。

賑わいの絶えないバラック

「大将、中華そばちょうだい」と声が掛かると「あいよ」という竹雄さんの威勢のいい声が返る。終戦から5年、7席のカウンターと狭い座敷だけのバラックの前には、いつも長蛇の列ができていた。
もともとは橋口フミさんが一人で営むうどん屋台だった。まだ幼かった芳明さんを女手一つで育てるため、毎日、朝から晩まで働いていた。ある日、お客から「中華そば」という食べ物が東京で流行っているという噂を聞く。誰か中華そばの作り方を教えてくれる人はいないか――出会ったのが台湾出身の竹雄さんだった。地元で食べ慣れたビーフンをアレンジした竹雄さんの中華そばは、瞬く間に人々の心を掴んだ。

旨さだけをとことん追求

竹雄さんは常に向上心を忘れなかった。料理に関する本を読みあさり、様々な食材を買い集め、最高だと思える組み合わせを寝食を忘れて探し求める。美味しい料理を出してお客様に喜んでほしい―—その一心だった。
その思いは芳明さんも変わらない。スープの柱は黒豚のカルビと豚足、豚頭骨。鶏ガラ、シイタケを加えるなど、お客の反応を見ながら少しずつ味を磨いていった。チャーシューは黒豚のバラ肉。シイタケとネギ、たっぷりと盛られたキャベツから出る甘みが味わいを深める。麺にはかん水を使わず、毎日食べられるようなすっきりとした後味を目指す。いったん蒸した麺を3日かけて自然乾燥させて使うなど、繊細な風味の違いにも目を光らせる。
「10人いれば、5人は黙って食べてくれればいい。2人からマズいと思われても構わない。ただ、残りの3人にだけは、記憶に残るような感動を与えたい。父はいつもそう言っていました」

手元に残る痛みは愛情の証

ラーメンを作る手に鋭い痛みが走る。実家に戻った芳明さんを待っていたのはスパルタ教育だった。竹雄さんが倒れたのをきっかけに帰郷したのは昭和40年。「普段はとても優しかったんですが、ことラーメンとなると鬼軍曹。まるで別人でした」と芳明さんは苦笑いを浮かべる。手抜きがあれば、竹雄さんから箸で手をぴしゃりとやられる。そうやって30年間、共に働いてきた。
今では芳明さんが先代のように3代目、従業員たちに厳しい目を向ける。「そのお湯で何回麺を茹でた?必ず 30玉で交換しろ」と声を荒げる。ラーメンを残すお客がいれば、何が足りなかったのか理由を尋ねた。厨房では誰よりも気を張り、周りの動きを観察する。「愛情がなければ本気で怒ることはできません。父が真っ向からぶつかってくれたからこそ、今の自分がいます。そんな父の後ろ姿から多くのことを学びました」と力を込める。
芳明さんの厳しさは、先代からの味を守る責任感の表れでもある。作業工程の一つひとつに意味があり、どれも疎かにできない。「小さなブレが大きな差を生む。だからこそ常に真剣勝負です。ラーメン作りは一朝一夕にはいきませんからね」と語気を強めた。

目の前のお客様のために作る一杯

ラーメンの世界に足を踏み入れて46年が経った今も、何よりも現場を大切にする。「こむらさきを愛してやまない3割のお客様のために、できることは何でもしたい」と言い切る。お客からは決して見えないが、厨房では一人ひとりに合わせた微調整を施す。2種の元ダレで味付けを、スープの注ぎ方で濃度を、自由自在にコントロールする。 「うちの味を押し付けるのではなく、目の前のお客様のために作るという心持ちでいままでやってきました。高いか安いか、旨いかマズいかはお客様が決めてくれればいいこと。周りに流されることなく、できることをしっかりやっていくだけです」

(取材・撮影・執筆・編集/力の源通信編集部)

ラーメン専門 こむらさき
住所:鹿児島県鹿児島市東千石町11-19
TEL:099-222-5707
定休日:第3木曜
営業:11:00〜21:00(LO20:30)
www.kagoshimakomurasaki.com


ラーメン専門 こむらさき 橋口 芳明


ラーメン専門 こむらさき
橋口 芳明
(はしぐち・よしあき)

昭和17年8月生まれ。鹿児島市内に生まれ、高校卒業まで地元で過ごす。芝浦工業大学に進んだ後、メーカーに就職。昭和40年に帰郷し、以後、厨房に立ち続ける。休日は趣味のゴルフを楽しみつつ、忍耐と精神力を養う。まるで日本料理店のような店の外観は数々の建築雑誌に取り上げられた。