2007年の秋、福岡市・大橋の街はいつもと違った。駅で下車する人が増え、近隣のコインパーキングはどこも満車だ。彼らが向かった先にあったのが『らーめん四郎』である。地元テレビ局「FBS」が放送した「九州ラーメン総選挙2007」で1位に選ばれると、翌日から行列ができた。周囲が喜びムード一色の中、ただ一人、店主・黒田光四郎さんだけが複雑な表情を浮かべていた。思わずこぼれた「えらいことになってしまった……」という言葉には、どのような想いがあったのか。
ラーメン作りにも素振りが必要
黒田さんは25歳でラーメンの道に進んだ。弟子入りしたのは『中華そば 郷家』だ。動物系と魚介系をあわせたWスープの中華そばを看板メニューに据えた人気店である。
「郷家はいつも清潔に保たれ、接客を大切にしていました。なにより、今まで食べたラーメンとはまったく違って美味しかった」
もともと豚骨ラーメンが苦手で、料理自体にも興味がなかった。そんな黒田さんのラーメン観は郷家の一杯でがらりと変わった。やるならとことん追求する。経験、知識はゼロ。朝から晩まで店に詰め、教えられたことは全て吸収した。
「素振りをしないとヒットは打てない。ラーメンも同じで、努力なしでは美味い一杯は作れません。修行が辛いと思ったことは一度もありませんでした」
30歳で自分の店を出そうと決めていた黒田さんは、5年務めた後、独立する。
九州麺の魅力を一杯に閉じ込める
2004年、福岡県・太宰府市に『らーめん処しろう』を開業した。自分の店を出すにあたり、黒田さんが選んだのが豚骨ラーメンだ。
「郷家で覚えた魚介豚骨を出すのは芸がない。だからといって普通の豚骨ラーメンを作っても見向きもされない」
黒田さんが注目したのは、九州で親しまれているご当地麺だった。ニンニクチップやマー油が入る熊本ラーメン、揚げネギをアクセントに使う鹿児島ラーメン、野菜と一緒に味わう栄養満点のチャンポンなど、いずれも個性的だ。
「九州の魅力を一つに合わせれば、他にないラーメンになると確信しました」
できあがったのが看板商品「九州男味しろうラーメン」だ。ベースとなる豚骨スープは、釜を空にすることなく骨を継ぎ足して煮込む“呼び戻し”という久留米ラーメン特有の手法でとる。チャンポンと同様、スープと一緒に野菜を煮込み、仕上げにニンニクチップと揚げネギを振りかけて完成。1杯ずつしか作れない非効率なやり方を同業者から指摘されることもあったが、黒田さんは気にしない。
「自分たちが苦労するのは一向に構いません。やってみて駄目だったらやり方を考え、またチャレンジすればいいだけのことです」
ほかにない斬新なコンセプトの一杯はすぐにクチコミで評判になり、「待ってでも食べたい」というファンを数多く獲得。「九州ラーメン総選挙2007」の受賞にもつながった。
周りからの期待に戸惑う
「九州ラーメン総選挙2007」から1カ月が経っても、連日、開店前から行列ができ、営業時間中は途切れることがない。夕方にはいつも「スープ切れのため本日の営業は終了しました」という札が入口に掛かった。暖簾を下ろし、店の奥へと消えた黒田さんは、翌日の仕込みと並行し、ひたすら味の研究に没頭していた。
「多くの方から『1位になってよかったね』と声を掛けていただきましたがとんでもない。僕の中ではまだまだ発展途上の味でした。“九州一”に選んでいただき、正直なところ戸惑ってしまいました」
もっと美味しくなるはずだ―—その思いが黒田さんを突き動かす。受賞から1年、ようやく自分自身が思い描く味になった。
やっとスタートラインに立てた
2009年、カウンターだけだった大橋の店から200メートルほど離れた場所に移転・リニューアルを果たす。現在の店にはテーブル席があり、週末は家族連れの姿が多く見られるようになった。
「学生時代に通ってくれた子が結婚し、家族で来てくれるような店が理想です。受賞から4年、慌ただしく時間が過ぎていきました。今、ようやく本当のスタートラインに立てた気分です」
東北地方太平洋沖地震の後、親交のあるラーメン店の店主らとともに「R9」というグループを結成した。最終的な目標は東北地方で雇用が生み出せるようなラーメン店の開業だ。
「ラーメンを通じてたくさんのことを学ばせてもらいました。だからこそ、ラーメンで恩返しをしていきたいですね」
住所/福岡市南区大橋2-11-14
TEL/092-511-1717
定休日/水曜、不定
営業/11:30~翌1:00、金・土曜は~翌2:00 ※売切れ次第終了
らーめん四郎
黒田 光四郎
(くろだ・こうしろう)
昭和48年6月生まれ。熊本県・天草市生まれ。高校卒業後に大手スーパーに就職し、その後、八百屋を経験する。趣味は学生時代に打ち込んだ野球が趣味で、休日には気心の知れた仲間と白球を追いかける。昨年からマラソンも始め、初出場したハーフマラソンでは1時間34分で完走する。好きな言葉は「努力は無限」。鳥山明氏のファンで、漫画「ドラゴンボール」もこよなく愛す。